黄昏みゅうぢっく〜歌のない歌謡曲に愛をこめて〜

昭和40年代の日本大衆文化の重要構成要素、「歌のない歌謡曲」のレコードについて考察します。

1972年、今日の1位は「夜明けの停車場」

クラウン GW-5223

ひとりじゃないの/ハワイアン・ムード歌謡ヒットベスト16

発売: 1972年6月

f:id:knowledgetheporcupine:20210416050042j:plain

ジャケット(不完全)



A1 ひとりじゃないの (天地真理)

A2 純潔 (南沙織)

A3 鉄橋をわたると涙がはじまる (石橋正次)

A4 陽はまた昇る (伊東ゆかり)

A5 サルビアの花 (もとまろ)

A6 緑の季節 (山口いづみ)

A7 夜明けの停車場 (石橋正次)

A8 今日からひとり (渚ゆう子)

B1 瀬戸の花嫁 (小柳ルミ子)

B2 銀座・おんな・雨 (美川憲一)

B3 太陽がくれた季節 (青い三角定規)

B4 友だちならば (トワ・エ・モア)

B5 恋の追跡 (欧陽菲菲)

B6 波止場町 (森進一)

B7 ふたりは若かった (尾崎紀世彦)

B8 別離の讃美歌 (奥村チヨ)

 

演奏: 山下洋治とハワイアン・オールスターズ

編曲: 山下洋治

定価: 1,500円

 

歌無歌謡界に時折現れる「ハワイアン・ムードもの」。それこそ、バッキー白片とアロハ・ハワイアンズとか、ポス宮崎とコニー・アイランダーズといったガチなハワイ音楽演奏集団も積極的に歌謡曲にアタックし、爽やかな南国的解釈で楽曲の新たな魅力を引き出していた。当然歌無歌謡の王者クラウンも、山下洋治という技巧派プレイヤー/アレンジャー(ムードコーラスバンド、ムーディ・スターズのリーダーとしても活躍)を前面に立て、ハワイアン・ムード市場にあざとく食い込んだ。

それはともかく、あらゆる音楽を貪欲に吸収しようとした小学生時代の宗内にとって、ハワイ音楽は特に興味をそそる対象だった。先に挙げた楽団によるガチなハワイ音楽のアルバムも、当然数枚持っていたし、今もなおその響きには郷愁を感じる。特にスチール・ギターの響きに魅せられたことが、「ポルタメント萌え」に直接繋がったのは確実かもしれない。当時のトップ・アイドルだった天地真理「ひとりじゃないの」で始まるこのアルバムを聴くと、そんな想いに再度襲われてしまう。ウクレレで刻まれる呑気なリズム、長閑なオルガンの調べに乗せて、若干マイルドなディストーションを伴いつつ高らかに空を舞うスチールの調べに心もうきうき。「鉄橋をわたると涙がはじまる」では、そんな場末的なノリに躍りまくるベースが堂々と食い込んでみせる。鮮やかなメロディをこなす「陽はまた昇る」にもロック魂が見え隠れ。しかしやはり、サルビアの花」が空気を一変させてしまう。これは原曲が持つオーラも一因ではあるが、殆どの歌無歌謡盤が当時シングルヒットしたもとまろのヴァージョンを基準にアレンジされているため、そのヴァージョンに特有な幻想的ニュアンス(何せ初出はもはや世界的サイケ・フォークのホーリーグレイルと化している、ヤマハ軽音楽サークルの自主制作盤『創刊號』である)が、特にイントロに顕著に反映されているからに他ならない。このヴァージョンも、スチールの響きに同じ程サイケ度が現れている気がする。その反動からか、続く「緑の季節」でずっこける。この曲の歌無版は希少だが、オリジナルの爽快な空気に肉薄するのは難しいと思い知らされる。瀬戸の花嫁は流石に、「あの音」をスチールでしっかり出しているのに好感が。

この時期のアルバムが重点的に集まったため、「今日からひとり」「ふたりは若かった」など、筒美京平の隠れがちな名曲を色々なヴァージョンで聴ける愉しみは格別。オリジナルが最高38位と、地味なヒットに終わった前者の魅力を改めて知らされたのは収穫で、ここでの演奏もそれを見事に伝えてくれるのだが、後者はヴァージョンによって出来がまちまちな印象。この盤のは曲本来のダイナミズムを伝えるヴァージョンとは言い難い。難点はあれど、和めるアルバムだ。