黄昏みゅうぢっく〜歌のない歌謡曲に愛をこめて〜

昭和40年代の日本大衆文化の重要構成要素、「歌のない歌謡曲」のレコードについて考察します。

今日は鶴田浩二さんを偲んで

ビクター SJV-579 

惚れた/琴のささやき

発売: 1972年6月

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ジャケット



A1 惚れた (鶴田浩二)

A2 ふたりは若かった (尾崎紀世彦) 🅴

A3 かもめ町 みなと町 (五木ひろし) 🅲

A4 ちいさな恋 (天地真理) 🅲

A5 京都から博多まで (藤圭子)

A6 雪あかりの町 (小柳ルミ子) 🅱

B1 波止場町 (森進一) 🅳

B2 涙 (井上順) 🅱

B3 ともだち (南沙織) 🅲

B4 終着駅 (奥村チヨ) 🅱

B5 雨のエアポート (欧陽菲菲) 🅳

B6 知床旅情 (加藤登紀子) 🅱

 

演奏: 山内喜美子 (琴)/ビクター・オーケストラ

編曲: 舩木謙一

定価: 1,500円

 

まさに日本人の心の琴線を揺さぶる「お琴」の響き。歌無歌謡界に於いて、その音をフィーチャーしたレコードの少なくとも8割に駆り出されたに違いない名手が、山内喜美子さん。もちろん通常歌謡にも数多くフィーチャーされたり、よりガチな邦楽レコードの録音も数多いため、恐らく70年代前半に於いて、レコーディング現場で最も猛烈に働いた女性なのは言うまでもなく(何せ「調弦」だけでもやたら時間を食うし、神経を使いますから)、それだけでもリスペクトしなければいけない存在。と言えども、その姿が公開されることは稀で、裏ジャケに小さく彼女の写真が載せられているというのを最大の理由に、あるアルバムを買ったことさえあるくらい(!)。

そんな山内さんのおしとやかな演奏を前面に出しての72年ヒット曲集。ありがちな選曲ではあるけれど、他と一味も二味も違う。ビクターの歌無歌謡の先鋭性をリードしていた舩木謙一氏がちょちょっとこなした仕事とは想像できるけど、やっぱり並ではない。凄い作品である。

のっけがあの「傷だらけの人生」の余勢を駆っての鶴田浩二の新曲(最高48位)なのはビクターの都合としか言えないけれど、序曲としては申し分ない出来。鼓が打ち鳴らされ、篠笛が可憐に舞うイントロで、ジャパネスク気分が必要以上に打ち出されながら、曲に入ると任侠世界がおしとやかに変貌。西洋的オーケストレーションが余計フェミニン美学を強調し、西洋人にとってはこれもサイケと感じられるのではないだろうか(カナダのザ・ポーパーズによる”Ask Her Again”を聴いてみれば納得)。それにしても、「孫」に似た曲っていくらでもあるんじゃんとこの曲を聴いて改めて思う。

ここから先がこのアルバムのギアの入れどころ。常連曲「ふたりは若かった」を、どう料理しているのか?一部コード進行を簡素化しながら、和的要素を強調しつつも洗練されたポップ度を保持し、なかなかの出来。「かもめ町みなと町」も、イントロは完全に和風。そのままの流れで曲本体に持ち込みながら、曲を支える筒美風味を決して蔑ろにしていない。以下、演歌系の曲は流暢にかつ適度に洋楽的エレガンスを加え、ポップス系は着物姿のむすめがひらひら舞うイメージで、オリジナルの良さを崩すに至っていない。その極致が「ともだち」。筒美アイドル名曲になんてことをしてくれるという声も上がりそうだが、これは名演としか言えない。必要以上に煽ってみせる鼓、乙女度全開でさえずる篠笛(それにしても、この二つの奏者の顔が見えてこないのは残念としか言えない)に乗せられ、絶好調に指が糸の上を舞う。ベースもなかなかの健闘で、これがチコ菊池並みに爆走するリズムセクションだったらどうなるかと、妄想も膨らむ。「雨のエアポート」も完璧な演奏なのだが、最後の1音がマスタリングミスだろうか、少々上ずってしまうのが残念。サイケのレコードだったら「これも仕様か」と納得するかもしれないが(爆)。最後の知床旅情は鼓のせいで必要以上に賑々しくなっているけれど、北の方に想いを馳せたくなる名演だ(この曲にはより破壊的なヴァージョンがあるので、それを語る機会が楽しみ)。

ジャケットの遠近感も素晴らしく、着物の色が青いところに『アビイ・ロード』の裏ジャケ的ニュアンスも…。ミュージシャンとアレンジャーが本気になると、たとえ30分程度のアルバムだろうが一気に気分を高揚させてしまう、そんな1枚。今有線で聴ける琴J-popチャンネルとは格段に違う魅力がいっぱい。この位弾いてみせられるお嬢さん、今いらっしゃいますか?