黄昏みゅうぢっく〜歌のない歌謡曲に愛をこめて〜

昭和40年代の日本大衆文化の重要構成要素、「歌のない歌謡曲」のレコードについて考察します。

歌謡フリー火曜日その18: 「どうやら私は女子にしてはできる方らしいわね」

CBSソニー SOLJ-26

エレクトーン・ファンタスティック ラブ/愛するハーモニー

発売: 1972年

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ジャケット



A1 スーパースター (カーペンターズ) 🅱

A2 心の扉をあけよう (メラニー)

A3 木枯しの少女 (ビヨルン&ベニー) 🅱

A4 ハーティング・イーチ・アザー (カーペンターズ) 🅱

A5 愛するハーモニー (ニュー・シーカーズ) 🅲

A6 ラブ (ジョン・レノン) 🅳

B1 スーパー・バード (ニール・セダカ)

B2 スイート・シーズンズ (キャロル・キング)

B3 母と子の絆 (ポール・サイモン)

B4 ウィズアウト・ユー (ニルソン)

B5 夕映えの二人 (ウド・ユルゲンス) 🅲

B6 ストーンズ (ニール・ダイヤモンド)

 

演奏: 西村ユリ (エレクトーン)/石川晶 (ドラムス)、寺川正興 (ベース)、神谷重徳 (ギター)

編曲: 西村ユリ・クニ河内

備考: SQ方式4チャンネル・レコード

定価: 1,800円

 

昨年初頭に至るまで、「女性ミュージシャン」(歌手も含む、かも)の演奏を聴くことにあれだけご執心で、時には「共鳴」するにまで至ることに生きる喜びを感じていたのが、新型コロナのせいでいきなり暗転。その反動として「黄昏みゅうぢっく」に情熱を注ぎ始め、結果的に「今最もときめかせてくれる女性の固有名詞=山内喜美子さん」になってしまったけれど、やっぱ魅力的なジャケットを眺めるより、魅力的な演奏を聴く方に潤いを感じるのは当然。

特に若き個性派淑女が集まったのが「電子オルガン」の分野。既に森ミドリさんのアルバムを2枚取り上げたし、レア・グルーヴ派の間ではキュートな歌声も相まって人気が高い高橋レナさんや、先駆者の風格が漂う小島秀子さんに江川マスミさん等々…ピアニストほどの威厳を感じさせず、天気予報のお姉さんのように親しみやすく音楽の楽しさを教えてくれる。正に少年少女の憧れのような存在であった。雰囲気作りのムード音楽に接する時と違う心構えで聴かなきゃいけないのですよ、この方たちの残した音盤は。

本作の主役、西村ユリさんは、発売当時19歳という新進気鋭のお嬢さん。4月26日のエントリで言及した『第7回エレクトーン ・コンクール 栄光のグランプリ・アルバム』に17歳の時の演奏が収録されているが、その段階で既に早熟ぶりに磨きをかけており、かのジミー・スミスに見初められるまでに達したものの、エリート志向は早々と放棄。我が道を行く活動で後進を大いに刺激しまくった「庶民派プレイヤー」である。このデビュー作では、サウンド・プロデューサーにクニ河内氏を起用。ハプニングス・フォー時代から、インスト・アレンジに独自の個性をぶつけまくり、68年に発表した『ハプニング・ポップス』や、71~72年にクラウンにひっそり残した異色歌無歌謡アルバム2枚が知られているところ。ここでは若き娘さんを自由気ままに泳がせながら、サウンド全体を引き締める役割に徹している。

70年代前半の感覚からすれば、比較的中道ポピュラーに近いロックという色合いの作品を中心に選曲され、彼女の感性を大いに引き出している。余計な色気とか一切無し、でも伝わってくるのは奔放な乙女らしさ。のちの田中明子さんのアルバムなんかも、この位弾けてくれりゃよかったのに。ギター、ベース、ドラム以外一切持ち出されてないバックのサウンドも決して出しゃばりすぎず、躍動感いっぱいで彼女の演奏を包み込む。先入観を捨てて聴くと、手堅いイージーリスニングとして付き合えるけれど、1曲だけヤバすぎる「例外」がある。「心の扉をあけよう」だ。

作者であるメラニーは従来内気なベジタリアン乙女だったのだが、27日間水だけを摂取という断食を続けた挙句、突如「内なるお告げ」を聞き、いきなりマクドナルドに走ってビッグマックその他一式を食したという。その時の心境の変化が作らせたという過激な曲であり、それが全米No.1になっちゃったから世の中恐ろしいものである(今日のエントリのタイトルは、この歌詞の一部を「意訳」したもの)。ユリとクニがこのエピソードを知ってたかどうか定かではないが、一体何が起こったのかと動揺させてしまうアレンジがここで実行されている。当時の最新鋭エレクトーンに搭載されていたポルタメント機能とか、恐らくリング・モジュレーターか何かまで動員したと思われる突拍子もないサウンドが、まさしく「突然変異的にマクドを食した敬虔なベジタリアン」の意識の音像化そのもの。いや、本人は「ちょい大胆にかましたるでー」程度の心構えだったのかもしれないけど(ユリさんは生粋の大阪娘である)。これに勝てるものがあるとしたら、トイ・マジック・オーケストラが2016年に出した『クリスマス』に収録されている「ウィンター・ワンダーランド」で聴ける、相川瞳女史のスライド・ホイッスル・ソロ位であろう(爆)。

この曲が狂気じみすぎて他の曲が霞んでしまうほどだけど、随所にお茶目さと不思議ちゃん的性格が反映された演奏が聴けるし、一方で音の選び方やアドリブのセンスは相当先鋭的だ。「母と子の絆」が始まると「すわ喝采か?」と思ってしまう自分を、音盤の向こうのユリさんは優しく叱ってくれる…「ウィザウト・ユー」も、作者の二人に後々訪れる悲劇を予感させない、まるで「幸せの黄色いリボン」のようなアレンジになっているし(同曲がヒットしたのは翌年…凄い先取り精神)。ついでですが「夕映えの二人」「別れの朝」です。

もろ文学少女という色合いのジャケットも成功してるし、こういう乙女演奏音盤はもっと作られて欲しかったところ。特に管楽器の領域にね。個人的趣味で申し訳ないけれど。でもなぁ、この時期故に「愛するハーモニー」は素直に聴けません(2021年夏を過ぎたら、どうでもよくなるんだろうけど)

 

11月2日追記: 帯にのみ明記されていたバック・ミュージシャンのクレジットを追加しました。凄いメンツ!