黄昏みゅうぢっく〜歌のない歌謡曲に愛をこめて〜

昭和40年代の日本大衆文化の重要構成要素、「歌のない歌謡曲」のレコードについて考察します。

今日は菅原洋一さんの誕生日なので

フィリップス FS-8108 

ヒット! ヒット! 歌謡曲 男性歌手編-2

発売: 1970年10月

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ジャケット



A1 今日でお別れ (菅原洋一)

A2 知りたくないの (菅原洋一)

A3 今は幸せかい (佐川満男)Ⓑ 🅲

A4 知りすぎたのね (ロス・インディオス)Ⓒ 🅲

A5 貴女が選んだ僕だから (美樹克彦)Ⓓ

A6 君こそ我が命 (水原弘)Ⓑ 🅲

A7 夜霧よ今夜も有難う (石原裕次郎)Ⓑ 🅲

B1 一度だけなら (野村真樹)Ⓔ 🅱

B2 恋 (布施明)Ⓐ

B3 霧の摩周湖 (布施明)Ⓐ

B4 愛は不死鳥 (布施明)Ⓐ

B5 夜と朝のあいだに (ピーター)Ⓑ 🅲

B6 グッド・ナイト・ベイビー (ザ・キングトーンズ)Ⓑ 🅱

B7 ラブユー東京 (黒沢明ロス・プリモス)Ⓑ 🅲

 

演奏: フィリップス・スターライト・オーケストラ

編曲: 森岡賢一郎Ⓐ、利根常昭Ⓑ、はやしはじめⒸ、筒美京平Ⓓ、笹川清Ⓔ

定価: 1,700円

 

それにしても、大胆不敵なジャケット…当時のレコード店の様子を伺える点では貴重といえるけど(「EXPO ’70 SOUVENIR」という表示が確認できるので、関西の店の可能性も)、グループレーベルであるビクターやRCAはまだしも、他社のレコードジャケットをここまで大胆にフィーチャーするなんて。権利関係なんてあってなかったんでしょうね。渋いところでは木元泉、ザ・サラブレッズ「お願いがあるの」なんて控えめな自社推しも覗いてますが。裏ジャケは録音風景ですが、ビクターのスタジオではなさそう。ストリングス・セクションにマイク2本ですよ。

66年に和製ポップス専門レーベルとして華々しいスタートを切ったフィリップスならではの、冴えたというか掟破りな1枚。MMOステレオというのは、その活動初期からフィリップスが暖めてきた録音形式で、片方のチャンネルにオケを、もう片方にメインメロディないし歌を固め、カラオケや練習用ユースを推進するという、早い話がマニア言うところの「初期ビートルズミックス」(自分は「カタクリの花ミックス」と言う呼称を使ってさえいますが、詳しい理由は各自お調べになって下さい)。リンド&リンダースの初シングル「ギター子守唄」(67年)の、B面のインスト・ヴァージョンで採用されている他、フォークに的を絞ったインスト盤もいくつか出たが、カラオケという言葉が俄に一般に浸透し始めた最初期である70年(東芝など一部メーカーはこの頃、オリジナルのオケだけを集めた「貴方が歌って下さい!」みたいな盤を試験的にリリースしている)、この概念が復活。先駆者ならではのアイディアを生かしたこのシリーズが、男性編女性編それぞれ2枚作られ、9月と10月の2回にわたってリリースされている。

この男性編第2弾(それにしても、女性歌手の曲が皆無って盤は寂しいな…)は、所謂自社アーティストの曲が皆無。女性歌手編には、当然自社の稼ぎ頭・森山良子の曲もオリジナルのオケで入っていたと思われるが、これがなかなか出てこない。ただ、それなりにこだわりが見えていて、「今日でお別れ」布施明の前半2曲は、オリジナル通り森岡賢一郎をアレンジに起用。さらに「貴方がえらんだ僕だから」は、作曲者自身である筒美京平編曲だ。当然レコード会社の関係でオリジナルのオケは使用できず、限りなく近い響きで録り直している。と言えども、MMOミックスのため、ステレオ的な臨場感は皆無。完全に音が分かれているわけでなく、メロディの入っている左のチャンネルには微かに右チャンネルのオケが被っていて、単独で使用すると「楽器演奏に際して大いに参照になるミックス」に変貌するのだ。ギター、サックス、ハーモニカなどありとあらゆる楽器が使われていて、特に息を使う楽器の艶かしさは普通の歌無歌謡レコードを遥かに凌ぐ。一方、右チャンネルを単独で使うと、メインメロが完璧に消えた「純カラオケ」状態になる。70年代中期以降のカラオケレコードだと、こういう使用法はまず不可能であり、試行錯誤段階故の貴重さがこのレコードの価値をさらに高めたと言えよう。「グッド・ナイト・ベイビー」にはご丁寧にもコーラス入りだが、これを単独で聴くのは滑稽の極みだな。

いずれにせよ、カラオケと言う娯楽が完全に一般大衆文化と化したのは、このレコードが出て少なくとも15年が経過したあとである。カセットシングルや8cmCDにオリジナルカラオケが収録必須なんて、めちゃくちゃ遠い未来のお話であった。

歌無歌謡界にはさらに大胆にステレオの実験を試みた盤が存在するのだが、その1枚を語るのはもう少し先の話。