黄昏みゅうぢっく〜歌のない歌謡曲に愛をこめて〜

昭和40年代の日本大衆文化の重要構成要素、「歌のない歌謡曲」のレコードについて考察します。

今日は市川昭介さんを偲んで

コロムビア ALS-4078 

ハワイアン歌謡アルバム 第2集 

発売: 1965年4月

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ジャケット



A1 柔 (美空ひばり) 🅱

A2 愛と死をみつめて (青山和子) 🅰→5/29

A3 皆の衆 (村田英雄)

A4 花咲く乙女たち (舟木一夫)

A5 祇園エレジー (こまどり姉妹)

A6 潮騒 (北原謙二)

B1 幸せはここに (大橋節夫)

B2 アンコ椿は恋の花 (都はるみ) 🅱

B3 青春の城下町 (梶光夫)

B4 笑顔と涙の遠い道 (美空ひばり)

B5 十七才は一度だけ (高田美和)

B6 智恵子抄 (二代目コロムビア・ローズ)

 

演奏: 大橋節夫とハニー・アイランダー

編曲: 大橋節夫

定価: 1,500円

 

「黄昏みゅうぢっく」で取り上げる歌無歌謡アルバム中、もっとも古いものがこれ。端的に言うと、他の363枚と明らかに異なるファクターがあるのだが、声を出して言えることではありません(汗)。65年発売ということで、自社縛りの選曲を余儀無くされるのは仕方ないことだけど、実はそうとも言えない訳で。

日本におけるハワイ音楽啓蒙に大きな役割を果たした一人が、オッパチさんこと大橋節夫さんである。70年代にキングから出した演奏アルバムを早々と愛聴していて、バッキーさんの軽妙な音色と一味違う、日本人の琴線に引っかかりやすい、哀感を生かしたフレージングに魅せられていたが、そんな特性に歌謡曲の演奏はまさにうってつけ。コロムビア専属時代にリリースしたシリーズ『ハワイアン歌謡アルバム』もこれで2作目。当時のコロムビア・スター達のヒット曲を、完璧なハワイアン・スタイルでまったりと料理している。余計な音全く無し、あまりの潔さが過剰なエキゾチシズムを引き出し、聴く人によっては幻覚さえ見せてしまう。

ここまで骨抜きした、というかガッツと無縁な「柔」が想像できただろうか。しかし、逆に言えば歌謡曲本来の豊潤なメロディを浮き彫りにさせる、そこまで卓越したプレイが展開される。スライドバーを一直線に滑らせるのではなく、絶妙のタイム感で震えさせる演奏や、さりげないサイドメロディの入れ方、さらに他では殆ど聴けないウクレレでのリードプレイなど、個性的な色付けが随所に効きまくる。「愛と死を見つめて」は、5月29日に取り上げた「KISSアルバム」に流用されたが、そこで聴くと余計幽幻さが際立つ。リヴァーブをかけて、弦を弾かずバーを揺らすだけの特殊音など、まるでメロトロンのようだし、「皆の衆」は対照的にめちゃ軽いノリを強調していて眩暈がしそう。もっと凄いのが潮騒で、ここでもリヴァーブを効かせての特殊奏法が最早サイケの境地に達しており、デイヴ・ギルモアがここにいるのかとさえ錯覚してしまいそう(?)。この曲のメロは「昔の名前で出ています」に影響を与えてそうだが。

100%自社供給と言えない(よって『さわやかなヒット・メロディー』の方が越境度が低い…汗)理由が2曲にあって、まず祇園エレジーはマヒナスターズでおなじみ「お座敷小唄」と同じ曲。いずれも作者不詳とされた夜の街の愛唱歌を別々にアダプトしたもの。もう一つはセルフカバーといえる歌手としての代表曲「倖せはここに」で、初出は東芝から出たシングル。但し、作家としての専属契約が切れていたので、ここで取り上げるのも可能になったのであろう。恐らく、20回ほどセルフリメイクしているに違いない。

小唄から青春歌謡まで、同じまな板に乗せてまったり聴かせるこの心意気。67年以降の歌無歌謡では味わえない、静かな洗練の目覚めがここにある。