黄昏みゅうぢっく〜歌のない歌謡曲に愛をこめて〜

昭和40年代の日本大衆文化の重要構成要素、「歌のない歌謡曲」のレコードについて考察します。

1972年、今日の1位は「ちいさな恋」(2週目)

トリオ PA-5019 

ビッグ・ヒット歌謡ベスト12

発売: 1972年7月

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ジャケット

A1 瀬戸の花嫁 (小柳ルミ子) 🆀

A2 別れの朝 (ペドロ&カプリシャス) 🅹

A3 ちいさな恋 (天地真理) 🅹

A4 さすらいの天使 (いしだあゆみ) 🅵

A5 17才 (南沙織) 🅴

A6 わたしの城下町 (小柳ルミ子) 🅹

B1 水色の恋 (天地真理) 🅷

B2 今日からひとり (渚ゆう子) 🅸

B3 ともだち (南沙織) 🅸

B4 ハチのムサシは死んだのさ (平田隆夫とセルスターズ) 🅷

B5 雨がやんだら (朝丘雪路) 🅵

B6 また逢う日まで (尾崎紀世彦) 🅴

 

演奏: 前田憲男とそのグループ

編曲: 前田憲男

定価: 1,800円

 

トリオが送り出した歌無歌謡アルバムは、知る限りでは4枚しかないが、その2枚目にあたるもの。この発売当時は、まだまだオーディオ・マニアに的を絞り、ジャズとクラシックの通好みのレコードを国内リリースするに留まりながら、徐々にポップス市場への色気を見せ始めていたあたりで、そう簡単に通俗的なレコードを発売するわけがない。続いてリリースした初の4チャンネル盤『ベスト&ベスト 京のにわか雨』も凄かったけど、先駆けたこれも負けちゃいない。ジャケットと帯を見ただけで、中身の音がこう来るなんて絶対想像できないはず。ポリドールの原田寛治盤などで、かなりキテいるアレンジ手腕を見せつけていた前田憲男氏だが、ここにきて一気に自由奔放路線に出た。歌謡曲というイディオムを取り入れての、ガチジャズ・アルバムに仕上がっている。

個々の曲を聴いてみると、あ、これ歌謡曲だなと即座に理解できるのだけど、その包装の仕方がぶっ飛んでいるのだ。瀬戸の花嫁は、まだポピュラー性が前面に出てはいるものの、曲の途中に何度もハッとさせる曲がり角が用意されている。まずは黙って聴いてみて、という挨拶代わりか。続く幻想的なイントロに導かれてのクラリネットの調べに、「別れの朝」と気づきはするけれど、こんなにムーディなジャズに仕上げてしまっていいのだろうか?「ちいさな恋」になると、完全にジャズ化。ビクターに残された北村英治ヴァージョンも、ジャジーという点では負けていないけど、ここではミュージシャン全員が大きな賭けに出ているような感じだ。「さすらいの天使」の疾走感あふれるスウィングといい、「17才」の小粋なパリジェンヌ風佇まいといい、一体これは何事なのか。わたしの城下町に至っては、大事件と言ってもいい、ハードボイルドな世界に転じている。これら全て、リアルタイムのヒット曲に施された仕打ちなんだよ…最も原曲の雰囲気がキープされているという感じの「今日からひとり」でさえ、相当ヤバめのジャズファンクになっているし、続く「ともだち」のレイジーなノリにも仰天。相当爆裂気味の「ハチのムサシは死んだのさ」を経て、ラスト2曲の筒美エヴァーグリーンで完結。まぁ、半分筒美京平作品という結果にはなったけれど、その本質が意外な形で露わになったと言えそうな、びっくりアルバムである。

どの曲も、歌無盤にしては演奏時間が長めの割に、盤もしっかり作ってある故に音質上の物足りなさはなく、じっくり聴ける。「三人の会」の中では、和モノ的イディオムでの再評価が最も低いような気がする前田氏だけど、この人を舐めてかかっちゃいけないのだよ。ミュージシャンクレジットの欠如が惜しくてしょうがない。