黄昏みゅうぢっく〜歌のない歌謡曲に愛をこめて〜

昭和40年代の日本大衆文化の重要構成要素、「歌のない歌謡曲」のレコードについて考察します。

今日は当然…(日曜日ではないけれど)

ビクター SJV-1096 

フランシーヌの場合 フオークギター・ベスト・アルバム

発売: 1969年

ジャケット

A1 フランシーヌの場合 (新谷のり子) 🅷

A2 時には母のない子のように (カルメン・マキ)Ⓑ 🆀

A3 風 (はしだのりひことシューベルツ)Ⓑ 🆁

A4 この広い野原いっぱい (森山良子)Ⓑ 🅹

A5 白いブランコ (ビリー・バンバン)Ⓑ 🅾

A6 山羊にひかれて (カルメン・マキ)Ⓐ 🅶

A7 小さな貝殻 (森山良子)Ⓑ

B1 或る日突然 (トワ・エ・モワ)Ⓑ 🆀

B2 さすらい人の子守唄 (はしだのりひことシューベルツ) Ⓑ 🅹

B3 禁じられた恋 (森山良子)Ⓑ 🅼

B4 夜明けの子守唄 (森山良子)Ⓑ

B5 悲しみは駆け足でやって来る (アン真理子)Ⓑ 🅹

B6 恋は風に乗って (五つの赤い風船)Ⓐ 🅱

B7 今日の日はさようなら (森山良子)Ⓑ 🅳

 

演奏: ザ・フォークセレナーダス・プラス・ストリングス

編曲: 秋山実Ⓐ、近藤進Ⓑ

定価: 1,500円

 

3月30日と言えば、何を置いても「フランシーヌの場合」。それをタイトルにしたこのアルバムを今日語るのは必然のようなもので、黄昏の構想を開始した1年前の段階で、それは運命づけられていたけれど、まさかこんな世の中になっているなんて、ほんの1ヶ月前まで思えず。1年前と同じようにCOVID-19に怯えながら、地球のちょっと上の方でより深刻な、終末的なことが、いきなり勃発するのを目にするなんて。

1969年の今日、反戦感情の元、自らの身を焦がすに至ってしまったフランシーヌ・ルコントの悲劇。それを連想せずにいられない光景を、2011年以後の日本でも何度も見てきた。いや、その年の3月11日の段階で、建設的感情に奮い立った時にその曲を持ち出すことは必然だった。19日後、阿佐ヶ谷のライブハウスで、集まった仲間達とシングル盤の歌詞カードに記された楽譜を見ながら、この曲を唱和した。本当のことを言ったら、お利口になれない。その後11年間、この概念はずっと、正直な日本人の心につきまとっている。いくら口にしようが、真の馬鹿な奴らに邪魔され、感情を潰されるだけ。

つい3日前に渋谷であったことが、この世界的状況と関係あるかまでは読めないけれど。今はフランシーヌになるよりも、絶望にピリオドを打つために、その方向に持っていけるように、力を振り絞らねばならない。

 

そんな3月に相応しく、あの頃学生達が唱和した「平和の歌」を集めた、ギター中心のインスト盤を多く取り上げることになってしまったが、今日の盤もそんな1枚で、通常のビクターの歌謡盤と違う1000番台に唯一残された歌無盤である。普段は、より教材色の強いレコードを中心にリリースしている番号帯だ。例によっていつものような選曲(「風」は実に18番目のヴァージョン!)で、穏やかな気持ちで聴きながら、歌ってもよし楽器を鳴らしてもよしというピースフルな1枚。森山良子の曲が多く取り上げられているのが、レーベルグループ母体としてのビクターらしいが、当時はURCとの連携を強め、五つの赤い風船岡林信康のレコードを「メジャー流通」してもいたりで、その片鱗を「恋は風に乗って」の選曲に留めている。

もう「平和の歌」に意味を見出してはいけないのだろうか。歴史は繰り返すとはいうけれど、建設的な気持ちは時代と共に塗り替えられなきゃいけない。でもこれからの若者達に、「こんな素敵な歌があったんだよ」と伝えるのを忘れないように。さぁ、やっと長かった1年が終わる。(ムフフ)