黄昏みゅうぢっく〜歌のない歌謡曲に愛をこめて〜

昭和40年代の日本大衆文化の重要構成要素、「歌のない歌謡曲」のレコードについて考察します。

矢吹健さんの誕生日は11月1日

フィリップス FS-8042

あなたの夜のプロデューサー 港町ブルース

発売: 1969年

f:id:knowledgetheporcupine:20220402065606j:plain

ジャケット

A1 港町ブルース (森進一) 🅻

A2 気まぐれブルース (青江三奈) 🅲

A3 初恋のひと (小川知子) 🅵

A4 知らなかったの (伊東ゆかり) 🅳

A5 涙の季節 (ピンキーとキラーズ) 🅶

A6 不思議な太陽 (黛ジュン) 🅳

A7 グッド・ナイト・ベイビー (ザ・キング・トーンズ) 🅶

B1 ブルー・ライト・ヨコハマ (いしだあゆみ) 🅷

B2 あなたに泣いた (青江三奈) 🅱

B3 年上の女 (森進一) 🅷

B4 ありがとうあなた (佐川満男) 🅱

B5 私にだって (矢吹健) 🅱

B6 嘘に泣いた女 (植木浩史)

B7 涙の日曜日 (ザ・スパイダース)

 

演奏: ジョージ・ヤング (テナー・サックス)

編曲: 無記名

定価: 1,800円

 

サム・テイラー、シル・オースチンと言った「海外からの刺客」により、飛躍的に発展を遂げたテナー・サックス・ムードの世界。それらを追う存在として、チャック・ウィリアムズ、ジョージ・ヤングなど、謎めいた海外の人らしきプレイヤーのレコードが、市場を賑わせ始めた。既に8曲入りの盤を紹介しているチャックに関しては、未だ真相を突き止めるに至っていないけれど(彼とユニットを組むことの多かったギタリスト、エディ・プロコフスキーの正体は完全に割れているが。そう、あの人です)、今日紹介するジョージ・ヤングの正体は、既にジャズ畑でベテランの域に入る活動を見せていた、高野譲治氏である。70年代に入ると、本名名義でも数多の録音を各レーベルに残し、歌無歌謡テナー界5大偉人に確実に数えられる一人だ。そして、当時ザ・カーナビーツのドラマーとして活躍していたアイ高野の実父。カーナビーツが所属していたフィリップスに録音を残すことは、まさに当然の成り行きだったのかも。照れ隠しのためにジョージ・ヤング名義を考えたという可能性もあるが…

さて、「あなたの夜のプロデューサー」なる大胆なコンセプトを掲げての登場となったこのアルバム。お買い上げのお客様抽選で10名様にフランスベッドが当たるという、ヤバすぎるキャンペーンも実行したが、無事ゲットした方の証言はもう得られないのでしょうかね。幸い、その「応募券」を裏に印刷した帯付きの状態で、我が手元に巡って来ました。「箱買い」の一部として。

当時はGSの録音で新たな音作りの可能性を試しまくっていたフィリップスだけど、初期の素朴なギター中心の演奏盤から一転して、このアルバムではそんな実験の成果が随所に現れている。クレジットではテナー・サックスのみの演奏になっているジョージ氏だけど、トップの港町ブルースを聴くと、イントロにテナー、ソプラノの各サックスを配し、左側にフルートを従えるというアレンジで、それらの響きに統一感があることから、異なるプレイヤーが一緒に演奏するのではなく、ジョージ氏が重ねているのが明らかだ。ここで歴史的に重要な事実を紐解くと、前年に行われたゲイリー・ウォーカーとカーナビーツのコラボ曲「恋の朝焼け」のセッションで、求められたサウンド作りに四苦八苦するフィリップス側の制作者陣に、プロデュースを務めたスコット・ウォーカーが「マルチ録音」の手順を根刮ぎ伝授したとのことだ。この経験が、フィリップスの録音革命をもたらしたと想像するのは容易で、こうして「父」の録音にもそのノウハウを余すことなく注ぎ込んだというわけである。恐らく、当時のビクター系の録音現場は、依然6チャンネルで動いていたと思われる。リズムセクションもそれぞれが粒の立った音で綺麗に録られているし、サブミキサー操作ももう手慣れたものになってたのだろう。「初恋のひと」では、Bメロから左右のチャンネルに分かれ、一人デュエットを披露している。もっと吃驚するのは、「涙の季節」で明らかにテープによるフランジャー効果が使われていることだ。同じサックスの演奏を微妙にずらして2回重ねており、単純な2度録りではあり得ない(サックスは特に波型の揺れが特殊で均一さに欠けるため、その傾向は強い)スペーシー・サウンドを演出しているが、「ホワイト・アルバム」を聴いて研究しまくったのだろうか。歌無歌謡で次にこの効果が使われたのは、自社アドヴァンテージ故にオリジナルを踏襲できたポリドール盤「許されない愛」のはず。

サウンド技術面のみならず、演奏も緩急自由自在に、あらゆる側面から夜のニーズに応えまくる。B面中盤の「大人」な展開も、軽妙なタッチを加えつつ、適度な咆哮で「やる気」を後押ししてみせるのだ。選曲面では、「嘘に泣いた女」が…悩みの種でした。あらゆる手を使いながらも、オリジナル歌唱者を調査できず、家の外に出てやっと真相を突き止めた次第…植木等氏の息子さんで、「ミラーマンの歌」の歌唱者として知られ、比呂公一名義で先鋭的ポップの名盤『果樹園』を残してもいるあの人である。ラストの「涙の日曜日」は、情事明けの爽やかな朝焼けの印象を残す選曲だ。アレンジャー無記名なのが勿体ないが、「ブルー・ライト・ヨコハマ」の印象からして、筒美氏の可能性も?