黄昏みゅうぢっく〜歌のない歌謡曲に愛をこめて〜

昭和40年代の日本大衆文化の重要構成要素、「歌のない歌謡曲」のレコードについて考察します。

今年出会った最大の逸材歌い手にこのアルバムを捧げます

ビクター SJV-360

恋のしずく/ロマンチック・ピアノ・ラプソディー

発売: 1968年6月

ジャケット

A1 恋のしずく (伊東ゆかり) 🅸

A2 君だけに愛を (ザ・タイガース) 🅱

A3 こころの虹 (ジャッキー吉川とブルー・コメッツ) 🅳

A4 乙女の祈り (黛ジュン) 🅲

A5 モナリザの微笑 (ザ・タイガース) 🅱

A6 恋の合言葉 (ザ・モンキーズ) 

B1 涙のかわくまで (西田佐知子) 🅶

B2 モンキーズのテーマ (ザ・モンキーズ)

B3 ゆうべの秘密 (小川知子) 🅹

B4 ロック天国 (ピーター・ポール&マリー)

B5 愛のこころ (布施明)

B6 デイドリーム・ビリーバー (ザ・モンキーズ) 🅲

 

演奏: 岩崎洋とその楽団

編曲: 岩崎洋

定価: 1,500円

 

60年代のビクター盤歌無歌謡も、キングに負けず劣らずスタイリッシュな名盤の宝庫で、なかなか見つからない。もっとも、「ピンクムード・デラックス」に象徴されるエロ要素が、そのレア度に加味されているのは言うまでもないが。これなんかは清楚なイメージがありそうで、選曲もGS度が高いしわかりやすいかも。と思ってプレイし始めた途端大火傷する。ムードピアノのイメージを一掃する大胆なアルバムだ。

主役の岩崎洋さん(この7年後、ビクターを代表する似た名前の歌姫が登場することを、彼は一体予測していただろうか?)は、ライナーに記された情報によると、藝大を主席で卒業したガチガチのアカデミック・プレイヤー。その素質を敢えてポピュラー・ミュージックに持ち込んだ先鋭的な人だ。ジャズ育ちのプレイヤーが聴かせる自由奔放かつ保守的な響きと一線を画す、歌謡界に革命の色を持ち込まんという気合充分のプレイが、オープニングの恋のしずくから炸裂している。ロマンチックなムード・ミュージック…と思わせておいて、ギターが奏でる主旋律を大胆に煽りまくり。場末のスナックが一気に地価20倍以上に跳ね上がる、高級な駆け引きの場に変身する。チャイコフスキーのピアノ協奏曲のようなタッチに2コーラス目から突入し、乙女のハートがドキドキする様子を描く。正に、教養のある人ではないと考えつかないアレンジだ。

ピアノの響きを際立たせるため、敢えて大編成のオーケストラを使わず、シンプルなサウンドでまとめているが、中でもピアノと対照的に通俗的な響きに徹するオルガンが耳を捉える。ビクターらしく、自社ブランドビクトロンのEO-1000を使用。「君だけに愛を」もGSの高貴さを別方向に強調したような演奏で、間奏のギターソロは飛ばすのかと思いきや、それをさらに大胆に飛躍させたようなプレイに変換。これがGSのレコードに入っていたら、それだけで失神しそう。乙女の祈り通俗的サウンドを強調しながら、ピアノにエコーをかけてさりげないサイケ感を演出している。これは立派な古巣リベンジ(!)。自社推し枠にモップスやダイナマイツではなく、モンキーズを3曲持ってきているのが目立つが、まず「恋の合言葉」はオリジナル以上のスピード感にファズを交え、サイケ感をより強調。そんな中に高貴なピアノが目立つ。サビ部分はベースリフを凄い勢いで演奏してるし、エンディングまで爆走しっ放し。これでテープ逆回転とかを使えばよりスリリングになったはず。やはり歌無歌謡は基本一発勝負だし、そこまではしないか。「涙のかわくまで」も和風ニュアンスを入れつつ、オリジナルを凌ぐサイケ感。チージーなオルガン音が、場末感を醸し出すのに徹している。モンキーズのテーマ」では、マリンバの神業が存分に味わえ、「ロック天国」にも期待通りのサイケなニュアンスが(やはり逆回転はなし)。ここでのオルガンにはさすがにガレージ感がある。最後の「デイドリーム・ビリーバー」モンキーズ版に捉われないアレンジで、タイマーズの曲のインスト版としてもしっかり聴ける。リズムが跳ねてないのが特徴的。Aメロで曲が終わってるのが、ロード・シタール版を連想させます(汗)。これはピアノ教本になってもおかしくない1枚ですよ。