黄昏みゅうぢっく〜歌のない歌謡曲に愛をこめて〜

昭和40年代の日本大衆文化の重要構成要素、「歌のない歌謡曲」のレコードについて考察します。

いかついだけじゃだめですか?と問いかける尺八

大映 DNL-504

ゆうべの秘密 ヒット歌謡をモダン尺八で

発売: 1968年6月

 

ジャケット

A1 ゆうべの秘密 (小川知子) 🅺

A2 若者の子守唄 (橋幸夫)

A3 風が泣いている (ザ・スパイダース) 🅲

A4 小指の想い出 (伊東ゆかり) 🅴

A5 世界は二人のために (佐良直美) 🅲

A6 夜霧よ今夜も有難う (石原裕次郎) 🅵

B1 恋のしずく (小川知子) 🅹

B2 真赤な太陽 (美空ひばり) 🅲

B3 私の好きなもの (佐良直美)

B4 霧のかなたに (黛ジュン) 🅴

B5 涙のかわくまで (西田佐知子) 🅷

B6 座頭市 (勝新太郎)

 

演奏: 村岡実 (尺八)/ロイヤル・ポップス・オーケストラ

編曲: 池田孝

定価: 1,800円

 

ものによっては激レア度高騰まっしぐらから解放されることない村岡実先生の尺八アルバムですが、今年になってこの盤を2回も店頭で、しかも3桁価格で見つけたのは一体なんだったんでしょうかね。ジャケットからすでにビザール色爆発してるというのに。この写真は、シリーズ第二作「小樽のひとよ」から抜粋された4曲入り盤「座頭市子守唄」にも流用されていて、馴染み深くはありましたが。「あなたのハートにとけこむ甘いしらべ!」の謳い文句が踊る帯を取らずにいられなかった(もっとも、底が裂けてはいましたが)まさに絶景です。

 

「小樽のひとよ」のエントリで書いたように、尺八で西洋音階のポップスを奏でることはまさに冒険そのものなのですが、さすがに時代はサイケ一色、実験精神に則りつつその魅力が多方向から伝わってきます。大映レコードだからこそ許されたというか、「浪人ブルース」(このイントロも恐らく、村岡先生大活躍)や「妖怪マーチ」の実験性に慣れた身なら納得ですね。「ゆうべの秘密」からして、人声に近い音というのも納得の、生々しい息で誘惑。しかし、終盤で転調した後も同じ調子で演奏してるというのが凄いのだ。昨今のオーケストラ楽器奏者達よ、決して舐めてかかってくるなよ。「若者の子守唄」では実験性がより爆発。トラディショナルなオープニングから一気にGS度の高い演奏へと展開し、決して微睡に誘ってくれない。これはもう、踊るしかない。より凄いのが「風が泣いている」。多重録音やエコーを駆使しつつ、奥深いサウンド宇宙へと誘ってくれる。のちにレオン・ラッセルのアルバムに参加し、この種の音を世界に知らしめた村岡氏の面目躍如だ。かと思えば「世界は二人のために」では、実験性がキュートに現出。ライナーではアングラ・レコードと形容されているが、高音でポルタメントを効かせたオブリガードは、恐らくテープ早回しで作った音だろう。女の子でさえ尺八にリアルアタックせずにいられなくなりそうな、まさに「かわいい」の演出だ。「夜霧よ今夜も有難う」は、バンドメンバーの先輩・山倉たかし仕事に対する池田孝氏のリスペクトを感じさせる名アレンジ。確実に木村好夫と思われるギターが、極端なフレージングで花を添えている。

後半では「私の好きなもの」でのムーディでセクシーなアプローチに注目。正統派ラウンジ・サウンドに乗せて、2コーラス目では高音の「ひとよぎり」が活躍。少しディストーション気味の音色で乙女の恥じらいを出している。「真赤な太陽」「涙のかわくまで」もGS色以上に、ビッグなブラス・セクションを前面に出した賑やかなサウンドで料理。「新宿野郎」や「青春笠」で聴けるあの世界、そこに尺八だ。素晴らしい。座頭市になると、まさに音を奏でる勝新。これが次作に直接繋がっていく。

 

その次作、「小樽のひとよ」のエントリで名前を出したサラさんが、もう帰らぬ人になってしまった今、改めて聴く尺八の音に涙するしかない。この世には、竹を採る乙女がもっと必要だ。合掌…