黄昏みゅうぢっく〜歌のない歌謡曲に愛をこめて〜

昭和40年代の日本大衆文化の重要構成要素、「歌のない歌謡曲」のレコードについて考察します。

歌姫を失い益々砂漠化が進む東京へのレクイエム

東芝 TP-7548

今宵踊らん/男のこころ

発売: 1971年9月

ジャケット

A1 また逢う日まで (尾崎紀世彦) 🅵→22/4/2

A2 あの素晴しい愛をもう一度 (加藤和彦北山修) 🅶→22/4/2

A3 ある愛の詩 (フランシス・レイ) 🅳→22/4/2

A4 よこはま・たそがれ (五木ひろし) 🅼→22/4/2

A5 わたしの城下町 (小柳ルミ子) 🅺→22/4/2

A6 二人の世界 (あおい輝彦) 🅲

A7 愛の泉 (トワ・エ・モワ) 🅵

B1 さすらいのギター (小山ルミ) 🅵→22/4/2

B2 ふたりだけの旅 (はしだのりひことクライマックス) 🅵→22/4/2

B3 青春のわかれ道 (ジローズ) 🅲

B4 砂漠のような東京で (いしだあゆみ) 🅶

B5 川の流れのように (奥村チヨ) 🅴

B6 男のこころ (由紀さおり) 🅴

B7 雨の日のブルース (渚ゆう子) 🅶→22/4/2

 

演奏: 奥田宗宏とブルースカイ・ダンス・オーケストラ

編曲: 岩井直溥

定価: 1,500円

 

恒例の「今宵踊らん」登場なのですが、これは収録曲中8曲が既に紹介された2枚組に流用されてしまったため、紹介が保留されていたもの。いいネタが手に入った煽りを食って後回しにされ続けたりして。で、このライナーを読んで、初めて「今宵踊らん」の鉄則に気づかされました。それは、イントロの長さを4小節に統一するというもの。何となく勘付いてはいたけれど、鉄則と明示されたのを見たことは、今までのアルバムに関する限りなかった。なるほど、「ホテル・カリフォルニア」も「ヘイ・ジュード」も、言われてみればみんなそう。そして、曲全体を圧縮して1曲毎のストーリー性を重視するアレンジ。8分超えのダンス・ミックスなんて概念の真逆を行く潔さだ。もう、「かわいいだけじゃだめですか?」も「はいよろこんで」も、このアレンジで聴きたい、そして踊りたいところです。岩井氏の恩恵を多大に受けている日本の吹奏楽界隈に、少しでもこの思いが伝われば…

なのに、この冒頭を飾るまた逢う日までのイントロ、3小節しかありませんよ!見事に鉄則無視してるやないですか。でも、名曲故に感情移入しやすいし、パートナーさえ選べれば束の間の天国です。続く「あの素晴しい愛をもう一度」は、見事に毛色の違うイントロ。若い頃を思い出しながら軽くステップを踏めますが、間奏には不穏なディストーション・ギターが。どんなアンプを通して弾いたんでしょうかね。ある愛の詩は当然ロマンチックなチークモード。なのに、エンディングでは両手を繋いで大空に向かって挙げる仕様を死守しています。「愛の泉」は「だんご3兄弟」仕様(爆)に転じているし、B面半ばのエキスプレス・レーベル連発ではイケイケモードに。チージーなオルガン音がちょっと場違い。

今回の沈黙期間中、日本の歌手の訃報としては最大の痛手をもたらしたのがいしだあゆみさんのそれ。「砂漠のような東京で」は、既に別所で発表した「我が音楽開眼史60選」にも選ばれた重要曲で、その理由はそちらの方をご参照下さい(汗)。ここでも賑やかなアレンジで盛り上げてくれるのだけど、東芝に残された歌無盤としてはやはりジミー竹内盤の圧勝ですね。ここでもダメ押ししてくれるパーカッション群も彼の仕業なのだろうか…