黄昏みゅうぢっく〜歌のない歌謡曲に愛をこめて〜

昭和40年代の日本大衆文化の重要構成要素、「歌のない歌謡曲」のレコードについて考察します。

今日は村野武範さんの誕生日なので

東芝 TP-9535Z

瀬戸の花嫁

発売: 1972年

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ジャケット



A1 恋の追跡 (欧陽菲菲) 🅱

A2 今日からひとり (渚ゆう子) 🅱

A3 別離の讃美歌 (奥村チヨ) 🅱

A4 愛するハーモニー (ニュー・シーカーズ) 🅱

A5 ふたりは若かった (尾崎紀世彦) 🅱

A6 太陽がくれた季節 (青い三角定規) 🅱

A7 ドリフの真赤な封筒 (ザ・ドリフターズ)

B1 瀬戸の花嫁 (小柳ルミ子) 🅱

B2 ゴールデン・ハーフの太陽の彼方 (ゴールデン・ハーフ)

B3 ひとりじゃないの (天地真理) 🅱

B4 純潔 (南沙織) 🅱

B5 月影のメロディー (松尾ジーナ)

B6 別れてよかった (小川知子)

B7 ドリフのピンポンパン (ザ・ドリフターズ)

 

演奏: ゴールデン・サウンズ

編曲: 荒木圭男

備考: RM方式4チャンネル・レコード

定価: 2,500円

 

さて、歌無歌謡黄金時代に孤高の輝きを残した「4チャンネル・レコード」が、本ブログ初登場である。ヴィンテージ・レコード&オーディオのみならず、デジタルオーディオ界にも新たなマルチチャンネル・ミックスの可能性が示されたおかげで、密かに再注目を浴びる4チャンネルサウンド。その発祥やメリットに関しては、ここで長々と説明してもしょうがないので他所に譲るとするが、果敢に実験に取り組んでいた当時のレコード業界全体において、その実験台に「歌のない歌謡曲」が使われまくったのは、意外と見過ごされている事実である。単に「雰囲気作り」の道具に終わらなかったというより、それだからこそ各種の実験をも受け入れられたのであろう。例えば、喫茶店の四角にスピーカーが一個ずつ置かれたとして、あまり広くない空間でその音を再生したとしたら、効果抜群に決まっている。折しも、録音スタジオもマルチ録音の実験現場として驚異的な発展を遂げていた時期である。マイク数本立てて1発録音なんて時代から、それぞれの楽器の音を個別に拾って精妙にミックスという新次元に突入していた。カラフルな音色の調合が決め手となる歌無歌謡こそ、まさにその実験にうってつけの材料だったのである。ヒット狙いより、さりげないフロンティア精神が優先だったのだ。

きわどいジャケットでムーディなインスト路線を先導していたゴールデン・サウンズも、ここでは4チャンネルの実験性に直面しながら、新たなアプローチに打って出ている。その分、販売価格も2,500円と、当時のスタンダードからすればかなりの高設定。録音とミックスに相当手間をかけた跡が伝わってくるから、無理もない。このRM方式エンコード録音は、通常のステレオ再生でもそれなりの効果を発揮するとあるが、確かに。脳内でヴァーチャルにデコードを行っただけでも、サウンド作りに込められた気合が随所から伝わってくる。オープニングの「恋の追跡」から、その効果は全開。熱いブラスアンサンプルが一塊となって襲いかかり、各種パーカッションが鼓膜を揺さぶりまくる。ミディアムながらキラー曲「今日からひとり」がその後を追い、最強のワンツーパンチ。A面にはもう一つ、筒美京平渾身の1曲「ふたりは若かった」がある。決して派手ではないがしっかり自己主張するドラムに耳が行く。瀬戸の花嫁はテンポを速めて、隙のないアレンジで新鮮なイメージ。「太陽の彼方」は音場を中央付近に固め、ヴィンテージなサーフサウンド感を活かしながらも、両サイドからブラスを畳み掛けて立体的次元に進化。「月影のメロディー」は選曲そのものがレア。両サイドの締めはドリフ絡みの選曲で楽しく盛り上げまくる。曲構成を崩すことなく、ここまでグルーヴィに昇華されたピンポンパン体操は珍しい。ジャケはアレだけど、老若男女楽しめる躍動感あふれる1枚。

今日は岸田敏志さんの誕生日なので

コロムビア KZ-7096 

ヒット・ポップス・バリエーション

発売: 1979年11月

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ジャケット



A1 しなやかに歌って (山口百恵)

A2 夜明け (松山千春)

A3 秋風のロンド (榊原郁恵)

A4 きみの朝 (岸田智史)

A5 SEPTEMBER (竹内まりや)

A6 いとしのエリー (サザンオールスターズ)

A7 カリフォルニア・コネクション (水谷豊)

B1 りばいばる (中島みゆき)

B2 アメリカン・フィーリング (サーカス)

B3 愛の水中花 (松坂慶子)

B4 魅せられて (ジュディ・オング)

B5 ガンダーラ (ゴダイゴ) 🅱

B6 夢想花 (円広志) 🅱

B7 アデュー (庄野真代)

 

演奏: STARTING POP COMPANY

編曲: 上柴はじめ

定価: 2,000円

 

1979年といえば、個人的に「歌のない歌謡曲」が死んだ年と見ている。前年まであれだけ歌無歌謡のアルバムを乱発していたクラウンは、この年の2月新譜を最後に歌無歌謡活動から手を引いたように見えたし、他のメーカーもぽつぽつと新譜発売はしていたが、少なくとも「レジャーの付随音楽」としての歌無歌謡は、この年を境にフュージョンへとその役割を譲ってしまった。喫茶店に鳴り響く音は、テーブル筐体のビデオゲームから流れる素っ気ない電子音と、それにかき消されるフュージョンサウンド。この年の後半リリースされた2枚のアルバム、YMO『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』と高中正義『JOLLY JIVE』の2枚は、翌年にかけて喫茶店ターンテーブル常備アイテムと化していた。

そんな末期的な1979年の空気を、歌のない歌謡曲という形態を保ちつつパッケージした刹那的な1枚がこれである。収録曲のラインナップを見ると、少なくとも77年まで歌無歌謡の軸にあった場末感が拭い去られ、歌謡曲ともフォークとも言いようのない流れを感じつつ、大半の曲にリアルタイムで親しみまくった親近感を覚えずにいられなくなる。最低限のコンボ演奏でこれらの曲を演ると、一体どうなるのだろうか?そんな不安感が拭い去られる演奏が、針を落とした途端繰り広げられる。以下、聴きどころ。

「しなやかに歌って」百恵さんの結婚引退宣言という衝撃の声明を鮮やかに印象付けた一曲。各種鍵盤楽器主体で軽妙な音作りながら無機的な感触がなく、フュージョンの良いところをしっかり消化した新世代歌無歌謡へと昇華された、上出来のオープニング。「夜明け」はフルートとヴァイブを主体にボサノバ的タッチで、ウェットな感触を拭い去ったファッショナブルな解釈。フルートの響きの生々しさは、進化した録音技術の賜物。

「秋風のロンド」は今作最大の聴きもの。リコーダーのアンサンブルに乗せて、ファゴットクラリネットが爽やかに駆け抜けるイントロ。まさに「ナッキーはつむじ風」そのものだ…曲に入ると、ピアノと生ギターがエレガントに支えつつ、低音のクラリネットが控えめに乙女心を映し出す。近年のアコースティックJ-popインストでは聴けない、決して守りに入っていない軽妙さに包み込まれた心躍る解釈。「きみの朝」はめちゃ普通に聴こえるが、無理もない、同年発表された渋谷岩子「奥方宣言」のB面に収録された狂気の前衛ヴァージョンを聴きすぎた副作用だろう(瀧汗)。あれはあれで、再評価されねばならぬ重要作であるが。

いとしのエリーは、まさか後にレイ・チャールズがカヴァーすることを予期したのではあるまい、超ダウンホームかつムーディーにアレンジされている。SRVを彷彿とさせるギターソロの主は一体誰なのだ?今作では最も場末感の強い「愛の水中花」さえ、ジャズテイストが前面に出されお洒落な感触。と言っても、60年代ムード歌謡に対する同種の解釈に比べると、整った録音とミックスのおかげで、下世話度は遥かに低い。夢想花ではオリジナル以上に軽やかに、健全な足取りでお花畑を駆け回るようなイメージが、フルートとクラリネットで醸し出される。これらの楽器はこんな風に使いましょうという見本のようなアレンジ。

その他の曲も、スタンダードな歌無歌謡としての体裁を保ちつつ、カラフルなアレンジにより一段とモダンな印象で、カラオケ対応化が進む全体的傾向に挑戦状を叩きつけた感が伝わってくる。これだけの内容を一人のアレンジャーが全て仕切ってるとは、驚異的としか言いようがない。1日で全スコアを書いて1日でレコーディング、なんて歌無歌謡黄金時代のスタンダード下じゃ、絶対できない芸当だわ。脱帽の1作。

1972年、今日の1位は「夜明けの停車場」

クラウン GW-5223

ひとりじゃないの/ハワイアン・ムード歌謡ヒットベスト16

発売: 1972年6月

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ジャケット(不完全)



A1 ひとりじゃないの (天地真理)

A2 純潔 (南沙織)

A3 鉄橋をわたると涙がはじまる (石橋正次)

A4 陽はまた昇る (伊東ゆかり)

A5 サルビアの花 (もとまろ)

A6 緑の季節 (山口いづみ)

A7 夜明けの停車場 (石橋正次)

A8 今日からひとり (渚ゆう子)

B1 瀬戸の花嫁 (小柳ルミ子)

B2 銀座・おんな・雨 (美川憲一)

B3 太陽がくれた季節 (青い三角定規)

B4 友だちならば (トワ・エ・モア)

B5 恋の追跡 (欧陽菲菲)

B6 波止場町 (森進一)

B7 ふたりは若かった (尾崎紀世彦)

B8 別離の讃美歌 (奥村チヨ)

 

演奏: 山下洋治とハワイアン・オールスターズ

編曲: 山下洋治

定価: 1,500円

 

歌無歌謡界に時折現れる「ハワイアン・ムードもの」。それこそ、バッキー白片とアロハ・ハワイアンズとか、ポス宮崎とコニー・アイランダーズといったガチなハワイ音楽演奏集団も積極的に歌謡曲にアタックし、爽やかな南国的解釈で楽曲の新たな魅力を引き出していた。当然歌無歌謡の王者クラウンも、山下洋治という技巧派プレイヤー/アレンジャー(ムードコーラスバンド、ムーディ・スターズのリーダーとしても活躍)を前面に立て、ハワイアン・ムード市場にあざとく食い込んだ。

それはともかく、あらゆる音楽を貪欲に吸収しようとした小学生時代の宗内にとって、ハワイ音楽は特に興味をそそる対象だった。先に挙げた楽団によるガチなハワイ音楽のアルバムも、当然数枚持っていたし、今もなおその響きには郷愁を感じる。特にスチール・ギターの響きに魅せられたことが、「ポルタメント萌え」に直接繋がったのは確実かもしれない。当時のトップ・アイドルだった天地真理「ひとりじゃないの」で始まるこのアルバムを聴くと、そんな想いに再度襲われてしまう。ウクレレで刻まれる呑気なリズム、長閑なオルガンの調べに乗せて、若干マイルドなディストーションを伴いつつ高らかに空を舞うスチールの調べに心もうきうき。「鉄橋をわたると涙がはじまる」では、そんな場末的なノリに躍りまくるベースが堂々と食い込んでみせる。鮮やかなメロディをこなす「陽はまた昇る」にもロック魂が見え隠れ。しかしやはり、サルビアの花」が空気を一変させてしまう。これは原曲が持つオーラも一因ではあるが、殆どの歌無歌謡盤が当時シングルヒットしたもとまろのヴァージョンを基準にアレンジされているため、そのヴァージョンに特有な幻想的ニュアンス(何せ初出はもはや世界的サイケ・フォークのホーリーグレイルと化している、ヤマハ軽音楽サークルの自主制作盤『創刊號』である)が、特にイントロに顕著に反映されているからに他ならない。このヴァージョンも、スチールの響きに同じ程サイケ度が現れている気がする。その反動からか、続く「緑の季節」でずっこける。この曲の歌無版は希少だが、オリジナルの爽快な空気に肉薄するのは難しいと思い知らされる。瀬戸の花嫁は流石に、「あの音」をスチールでしっかり出しているのに好感が。

この時期のアルバムが重点的に集まったため、「今日からひとり」「ふたりは若かった」など、筒美京平の隠れがちな名曲を色々なヴァージョンで聴ける愉しみは格別。オリジナルが最高38位と、地味なヒットに終わった前者の魅力を改めて知らされたのは収穫で、ここでの演奏もそれを見事に伝えてくれるのだが、後者はヴァージョンによって出来がまちまちな印象。この盤のは曲本来のダイナミズムを伝えるヴァージョンとは言い難い。難点はあれど、和めるアルバムだ。

今日は松崎由治さん(ザ・テンプターズ)の誕生日なので

ユニオン UPS-5211-J

知らなかったの/シンギング・サウンド

発売: 1969年5月

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ジャケット



A1 知らなかったの (伊東ゆかり)

A2 みずいろの世界 (じゅん&ネネ)

A3 長崎は今日も雨だった (内山田洋とクール・ファイブ) 

A4 年上の女 (森進一)

A5 港町・涙町・別れ町 (石原裕次郎)

A6 初恋のひと (小川知子)

A7 ブルー・ライト・ヨコハマ (いしだあゆみ) 

B1 風 (はしだのりひことシューベルツ)

B2 華麗なる誘惑 (布施明)

B3 そよ風のバラード (ザ・スウィング・ウエスト)

B4 君は心の妻だから (鶴岡雅義と東京ロマンチカ)

B5 純愛 (ザ・テンプターズ)

B6 私にだって (矢吹健)

B7 スワンの涙 (オックス)

 

演奏: ユニオン・シンギング・オーケストラ

編曲: 中山順一郎、河屋薫

定価: 1,700円

 

文字を一切入れず、直線的にポートレイトをあしらったジャケットが印象的な「シンギング・サウンド」シリーズの1枚。テイチクの本流歌無歌謡に比べると洗練されたというか、小気味良い演奏が楽しめる、それでいてなおも場末色を失っていない好アルバム。今作においては、今となってはその影響力が軽視されたと思える、米国の名門ビリー・ヴォーン楽団の影響が色濃いブラス・アンサンブルを中心としたサウンドを聴かせてくれる。

1曲目「知らなかったの」は実は宗内が「全歌謡曲の中で一番好き」と公言するイントロで始まるのだが、ここでは当然そのマジカルさが相当縮小されている。こぢんまりはしているものの、音の厚みは相当なもので、ヴォーン的な和音の付け方はオリジナルから離脱した世界。アルバムA面はこのようにドメスティック色濃いメロディーを、洒落た和音構成で洋楽的に味付ける手法を基本に展開していく。リズムセクションがシンプルな分、ここまでノリの軽い長崎は今日も雨だったは稀かも。「ブルー・ライト・ヨコハマ」は一切のエレガンスを車窓から投げ捨て、軽エンジンで飛ばしに飛ばしている印象。

B面にはGSやフォーク曲がいくつか含まれているが、そちらにはある程度泥臭い解釈を加え、ドメスティックな曲といいバランスをとっている。「そよ風のバラード」は自社曲ながら、選曲そのものが貴重。「純愛」にはほんの少しながらサイケのニュアンスも。この2曲の間にさりげなく「君は心の妻だから」が挟まっていても、全く違和感がない。藤本卓也メロディー「私にだって」はさすがに超軽量な解釈。ダンスホールで小さな埴輪と戯れる如きスワンの涙で一件落着。コンパクトで心躍る1枚。

今日は酒井和歌子さんの誕生日なので

コロムビア ALS-4340

ゴールデン・ヒット・メロディー 第4集

発売: 1968年4月

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ジャケット



A1 ゆうべの秘密 (小川知子)

A2 涙のかわくまで (西田佐知子)

A3 涙をおふき (布施明)

A4 むらさきの夜明け (美空ひばり)

A5 恋のしずく (伊東ゆかり)

A6 こころの虹 (ジャッキー吉川とブルー・コメッツ)

A7 ケメ子の唄 (ザ・ダーツ)

A8 大都会の恋人たち (江夏圭介・酒井和歌子)

B1 亜麻色の髪の乙女 (ヴィレッジ・シンガーズ)

B2 恋のオフェリア (ザ・ピーナッツ)

B3 くちなしのバラード (舟木一夫)

B4 乙女の祈り (黛ジュン)

B5 星になりたい (佐良直美)

B6 君だけに愛を (ザ・タイガース)

B7 幻のアマリリア (加山雄三)

B8 残雪 (舟木一夫)

 

演奏: 稲垣次郎 (テナー・サックス)、横内章次 (ギター)/ゴールデン・スターズ

編曲: 大西修

定価: 1,500円

 

日本最老舗のレコード会社コロムビアは、専属作曲家制度に支配された時代から、豊富なレパートリーを武器に自社ヒット曲の歌無歌謡化に積極的に取組み、「涙の太陽」でその枠を取っ払うや否や、他社作品を積極的に取り込み始めるのであった。こうしてスタートした「ゴールデン・ヒット・メロディー」シリーズの第4作目。勢力を拡大するGSブームを睨んで、全編にダンサブルなビート感を導入。若い社交場の雰囲気作りに対応したサウンド作りが、今となってはたまらない場末感を醸し出している。オルガンの侘しい音色、控えめなドラムの存在感、そして何よりもリードをとるサックスにかまされた深いリヴァーブが、その場末感の「素」を形成しているのだ。思えばこの3ヶ月前、コロムビアはあのスナッキーで踊ろうを世に送ろうとしており、本盤のエコーも同じチェンバーで作られたものに違いない。さすがにあそこまでの「深情け」ではないけれど。以下、聴きどころ。

当時の女性歌手の曲の中ではGSの影響が濃く出たものの一つ「涙のかわくまで」ダンスホール対応感は伝わってくるけれど、どこかもたつき感があるのはウッドベースのせいか。2番ではここぞとばかり、アドリブで暴れ回るサックスが聴ける。「ケメ子の唄」はアングラ色を拭い去り、有名オールディーズ曲のエッセンスを加えてドリーミーなバラードへと転じた解釈。「大都会の恋人たち」は自社曲のくせに「大都会の恋人」と誤表記されていて、何やってるのやら。この盤では最も若者色が薄い曲になってしまっている。

最早これの収録曲の中では最も知られた1曲となった感のある亜麻色の髪の乙女は特に新鮮味もない解釈であるが、歌のない平成ヒット集に組み入れると凄いことになるかも(笑)。疾走感溢れる「恋のオフェリア」や幻想的な「星になりたい」は、逆に曲そのものの再評価に繋がってもいい名演。「君だけに愛を」はあらゆる楽器総出で賑々しいムード満点だが、サックスが埋もれてしまったようなミックスが惜しい。カラフルな演出術を手に入れる前の「夜明け感」が滲み出た1枚。

今日は桜田淳子さんの誕生日なので

ビクター SJV-657 

さわやかなヒット・メロディー

発売: 1973年9月

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ジャケット



A1 わたしの彼は左きき (麻丘めぐみ) 🅱

A2 三つの花 (ノン・ノン)

A3 天使の初恋 (桜田淳子)

A4 森を駆ける恋人たち (麻丘めぐみ) 🅱

A5 花嫁の父 (松下恵子)

A6 避暑地の恋 (チェリッシュ)

B1 てんとう虫のサンバ (チェリッシュ) 🅱

B2 天使も夢みる (桜田淳子)

B3 ひまわりの小径 (チェリッシュ)

B4 女の子なんだもん (麻丘めぐみ)

B5 若草の髪かざり (チェリッシュ)

B6 悲しみよこんにちは (麻丘めぐみ)

 

演奏: 小山岳、小出道也 (ブロックフレーテ)、ヒット・サウンド・オーケストラ

編曲: 舩木謙一

定価: 1,500円

 

淳子の誕生日ということで、当ブログの核心というべき名盤を早々と出さなければいけない。全曲、リードをとる楽器がリコーダーという、歌無歌謡界に残された最もラブリーなアルバムに違いない一枚。

73年は日本の音楽界にもシンセサイザー、メロトロンなどの最新兵器が大々的に投入され、マルチ録音の発達も含めて劇的にサウンドパレットが広がった年になったが、一方クラシック界には空前のバロックブームが到来し、従来は教育用楽器という認識しかなかったリコーダーが大幅に見直された。女性アイドル歌謡の動きが本格化し、そのラブリーなイメージを補強する音色として、歌謡界でも使われまくったのである。そんなわけで、歌無歌謡界も随所で笛の花が満開になったが、全面にフィーチャーされたアルバムは、これが最初で最後。美女の口元を花で隠したジャケットが、既に思わせぶり。クレジットはガチなドイツ語「ブロックフレーテ」を採用しているが、帯では何故か「ブロック・フルート」表記になっていて、一般的認識不足を匂わせている。メイン奏者はいずれも、フルート奏者としてバリバリに活動していた二人だ。恐らく当時の歌謡レコードでガチにリコーダー専門だった奏者は、一人もいなかったに違いない。

さてと、聴きどころだ。収録曲は一つの例外もなく、当時ビクターに所属していたポップス系女性歌手及びそれメインのユニットの曲となっており、まるで66年以前の歌無歌謡の方法論を踏襲しているよう。それでよかったのかもしれない。まずは手堅く「わたしの彼は左ききでご挨拶。オリジナルを踏襲しながら、ラブリーさを強調しまくるアレンジで、チェンバロや木琴のあしらいもカラフル。「三つの花」は厳密にはビクター発の曲ではなく、68年にザ・ダウン・ビーツが出したものがオリジナルだが、それを聴いた人ならお判りのとおり、ノンノン盤はまるで「ボヘミアン・ラプソディ」からオペラとロックの部分を抜いたに等しいと言ってもよい解釈になっているのだ。それをここではさらに緩めにアレンジしている。「森を駆ける恋人たち」は女性コーラスまで動員してポップに迫る。玄人好みの松下恵「花嫁の父」を経て、「避暑地の恋」はアルトリコーダー中心でリリカルに。

B面はまずノベルティ性を強調してのてんとう虫のサンバで、吹いている方もめちゃ楽しそう。淳子のデビュー曲「天使も夢みる」はこちらもコーラス入りでファンシーに。ちょっと滑り気味の音色はこの曲に相応しい(汗)。同種のサウンドを得ると、「若草の髪かざり」もバリバリのアイドルポップに聴こえる。そして本盤の最高傑作悲しみよこんにちは。アレンジ全体に可憐さが強調される中、メランコリックに響き渡るアルトリコーダーの響き。まるでこの音色のために作られたかのような、筒美ファン必聴のヴァージョン。これを聴くと、思わずカラオケで実践したくなりますよ。

とにかく、続編が作られなかったのも、他社が追随しなかったのも惜しすぎる1枚だけれど、これを踏襲した作品集が作られる可能性は滅びてないと思うし、何なら我が手でなんとかしなきゃ、とは思っています。願わくば、演り手自体にスター性を持たせなきゃ。

歌謡フリー火曜日その2: 楽器もの

ディストリクト HL-8001

シンセサイザーの魅力 ホーム・コンサートVol.4

発売: 197?年

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ジャケット



A1 ソウル・トレイン (MFSB)Ⓐ

A2 ラ・メール (シャルル・トレネ)Ⓐ

A3 小さな木の実 (ビゼー)Ⓐ

A4 メキシカン・ハット・ダンス (メキシコ民謡)Ⓐ

A5 聖地エルサレム (エマーソン、レイク&パーマー)Ⓑ

A6 愛にさようならを (カーペンターズ)Ⓑ

A7 忘れじのグローリア (ミッシェル・ポルナレフ)Ⓔ

A8 雨にぬれても (B.J.トーマス)Ⓐ 🅱 

A9 枯葉 (イヴ・モンタン)Ⓐ

B1 スカイ・ハイ (ジグソー)Ⓒ

B2 コンドルは飛んで行く (サイモン&ガーファンクル)Ⓒ 🅱

B3 エーデルワイス (リチャード・ロジャース)Ⓐ

B4 愛の讃歌 (エディット・ピアフ)Ⓐ

B5 BURN (ディープ・パープル)Ⓔ

B6 G線上のアリア (J.S.バッハ)Ⓓ

B7 眠りの森の美女 (チャイコフスキー)Ⓓ

B8 想い出のグリーン・グラス (トム・ジョーンズ)Ⓐ

B9 ラスト・ダンスは私に (ザ・ドリフターズ)Ⓐ

 

編曲/演奏: 江村克己Ⓐ、福田望Ⓑ、守富美幸Ⓒ、梅本記代Ⓓ、柳井朋子Ⓔ

演奏: 江村克子(ピアノ)、中邑弘治(ドラムス)、井村吉宏(ドラムス)

定価: 2,200円

 

さて、2回目の「歌謡フリー火曜日」。歌のない歌謡曲とはまさに対極というべき世界ながら、自分の聴覚を妙にくすぐるジャンルに所謂「身内音楽」、例えば学校の音楽会の記録なり「卒業制作」の類の音盤がある。近年、宗内の母体も何度かDJイベントでご一緒しているK氏の暗躍のおかげで、その存在意義が見直され、好事家に狙われる頻度も高まっているが、そのリアリティは正に、普段ならスルーされがちな現実の歪みを映し出す。その一方で、リアルタイムで同世代の育ちのいいお子様達の演奏をラジオ番組で愛聴したことも手伝って、ヤマハが主宰した「ジュニアオリジナルコンサート」を記録した音盤もまた、自分の大好物である。今日取り上げる作品は、本ブログで語られる予定の全音盤の中で唯一、この双方の性格を所持している1枚かもしれない。

東芝レコードのクレジットがあるが、同社は製造を行ったのみであり(帯に使われているフォントも東芝特有ではあるが)、制作販売の権限はディストリクトという自主レーベル名義になっている。定期リサイタルを記念して制作されているという「ホームコンサート」シリーズの4枚目に当たる作品。制作年度のクレジットがないが、1976年以降であるのは確実。

 

シンセサイザーの魅力」と銘打たれているが、本盤の主役は75年に販売開始されたエレクトーンの最上級機種「GX-1」である。従来、一つの音しか出せなかったシンセの発音メカニズムをエレクトーンの機構に全面投入し、先鋭的なエレクトロサウンドをポリフォニックで奏でることが可能という、当時としてはまさに夢のマシンとしか形容できない楽器で、当時の販売価格で700万円という、常人には手の届かないブツであった。そんなマシンに相応しく、初期モデルはキース・エマーソンスティーヴィー・ワンダーに試験的に提供され、両者とも当時の最新アルバム(EL&Pの『ELP三部作』、『キー・オブ・ライフ』)で使いまくっている。

前述したJOCの生徒たちも当時のコンサートで早々と使いこなしており、ヤマハの徹底した英才教育ぶりが窺えるが、恵まれたのは子供達だけではなかった。このアルバムには、リサイタルの主江村氏に加え、彼のエレクトーン教室の生徒と思われる数名がこの怪物と向かい合う様子がバッチリ記録されている。

多少せこい音作りとはいえ、鍵盤楽器主体のイージーリスニングアルバムとして充分鑑賞に耐える内容だが、その随所に妙な展開が待ち受けている。オープニングの「ソウル・トレイン」から、簡素化されたファンキーサウンドを様々な音色で再現しようと奮闘の影が。ガチなドラム演奏に補強されている分、余計人力ノリの異様さが目立つ結果となっている。続くスタンダードナンバー数曲にはそこまでの滑稽さはないが、唐突に登場する「聖地エルサレムのガチさはやっぱり、EL&P好きなんだなぁって思わせる。ちょっと前、YouTubeで話題になったラッシュ「YYZ」を弾きこなす少女なんかも、こういった音盤発表会の線上に位置すると思っていいか。

B面トップは当時の最新ヒット曲スカイ・ハイでスタート。妙に暴走しまくるドラムを背に、のほほんとメロディに向き合ってみせる美幸ちゃん。間奏のアドリブもあどけなくて素晴らしいが、エンディングで大技かました後テヘペロっぽいフレーズ奏でたりしてもう全く。その後も手堅くスタンダード曲が続くが、本盤のヤマは何と言っても「BURN」である。

元々爆走しまくり曲であるパープルのオリジナルをさらに1.5倍ほどのスピードに超加速。あまりの暴走にバックのドラムもぶっ壊れてしまう、普通鍵盤楽器でやれるわけない領域に素手素足で突っ込んでいく恐るべきヴァージョンになっている。前後の曲があまりにもゆるゆるなのもあり、この異次元感は日本レコード史に燦然と輝く。全メタルファン必聴。というか、「アレコード」で流したい(爆)。

 

当時のシンセレコードの、じっくり考えを巡らせながら一つ一つの音を繊細に構築していくイメージを豪快に破壊してみせる1枚。やっぱ、700万円する機械がなきゃできない世界だったのだ。YMOの登場はまだまだ先の話である…

 

せっかくなので、別の「まさかの」楽器で演奏される「BURN」をここでお聴きください…これは明日のエントリの「予告編」でもあります。


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