黄昏みゅうぢっく〜歌のない歌謡曲に愛をこめて〜

昭和40年代の日本大衆文化の重要構成要素、「歌のない歌謡曲」のレコードについて考察します。

今日は岸田敏志さんの誕生日なので

コロムビア KZ-7096 

ヒット・ポップス・バリエーション

発売: 1979年11月

f:id:knowledgetheporcupine:20210416221710j:plain

ジャケット



A1 しなやかに歌って (山口百恵)

A2 夜明け (松山千春)

A3 秋風のロンド (榊原郁恵)

A4 きみの朝 (岸田智史)

A5 SEPTEMBER (竹内まりや)

A6 いとしのエリー (サザンオールスターズ)

A7 カリフォルニア・コネクション (水谷豊)

B1 りばいばる (中島みゆき)

B2 アメリカン・フィーリング (サーカス)

B3 愛の水中花 (松坂慶子)

B4 魅せられて (ジュディ・オング)

B5 ガンダーラ (ゴダイゴ) 🅱

B6 夢想花 (円広志) 🅱

B7 アデュー (庄野真代)

 

演奏: STARTING POP COMPANY

編曲: 上柴はじめ

定価: 2,000円

 

1979年といえば、個人的に「歌のない歌謡曲」が死んだ年と見ている。前年まであれだけ歌無歌謡のアルバムを乱発していたクラウンは、この年の2月新譜を最後に歌無歌謡活動から手を引いたように見えたし、他のメーカーもぽつぽつと新譜発売はしていたが、少なくとも「レジャーの付随音楽」としての歌無歌謡は、この年を境にフュージョンへとその役割を譲ってしまった。喫茶店に鳴り響く音は、テーブル筐体のビデオゲームから流れる素っ気ない電子音と、それにかき消されるフュージョンサウンド。この年の後半リリースされた2枚のアルバム、YMO『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』と高中正義『JOLLY JIVE』の2枚は、翌年にかけて喫茶店ターンテーブル常備アイテムと化していた。

そんな末期的な1979年の空気を、歌のない歌謡曲という形態を保ちつつパッケージした刹那的な1枚がこれである。収録曲のラインナップを見ると、少なくとも77年まで歌無歌謡の軸にあった場末感が拭い去られ、歌謡曲ともフォークとも言いようのない流れを感じつつ、大半の曲にリアルタイムで親しみまくった親近感を覚えずにいられなくなる。最低限のコンボ演奏でこれらの曲を演ると、一体どうなるのだろうか?そんな不安感が拭い去られる演奏が、針を落とした途端繰り広げられる。以下、聴きどころ。

「しなやかに歌って」百恵さんの結婚引退宣言という衝撃の声明を鮮やかに印象付けた一曲。各種鍵盤楽器主体で軽妙な音作りながら無機的な感触がなく、フュージョンの良いところをしっかり消化した新世代歌無歌謡へと昇華された、上出来のオープニング。「夜明け」はフルートとヴァイブを主体にボサノバ的タッチで、ウェットな感触を拭い去ったファッショナブルな解釈。フルートの響きの生々しさは、進化した録音技術の賜物。

「秋風のロンド」は今作最大の聴きもの。リコーダーのアンサンブルに乗せて、ファゴットクラリネットが爽やかに駆け抜けるイントロ。まさに「ナッキーはつむじ風」そのものだ…曲に入ると、ピアノと生ギターがエレガントに支えつつ、低音のクラリネットが控えめに乙女心を映し出す。近年のアコースティックJ-popインストでは聴けない、決して守りに入っていない軽妙さに包み込まれた心躍る解釈。「きみの朝」はめちゃ普通に聴こえるが、無理もない、同年発表された渋谷岩子「奥方宣言」のB面に収録された狂気の前衛ヴァージョンを聴きすぎた副作用だろう(瀧汗)。あれはあれで、再評価されねばならぬ重要作であるが。

いとしのエリーは、まさか後にレイ・チャールズがカヴァーすることを予期したのではあるまい、超ダウンホームかつムーディーにアレンジされている。SRVを彷彿とさせるギターソロの主は一体誰なのだ?今作では最も場末感の強い「愛の水中花」さえ、ジャズテイストが前面に出されお洒落な感触。と言っても、60年代ムード歌謡に対する同種の解釈に比べると、整った録音とミックスのおかげで、下世話度は遥かに低い。夢想花ではオリジナル以上に軽やかに、健全な足取りでお花畑を駆け回るようなイメージが、フルートとクラリネットで醸し出される。これらの楽器はこんな風に使いましょうという見本のようなアレンジ。

その他の曲も、スタンダードな歌無歌謡としての体裁を保ちつつ、カラフルなアレンジにより一段とモダンな印象で、カラオケ対応化が進む全体的傾向に挑戦状を叩きつけた感が伝わってくる。これだけの内容を一人のアレンジャーが全て仕切ってるとは、驚異的としか言いようがない。1日で全スコアを書いて1日でレコーディング、なんて歌無歌謡黄金時代のスタンダード下じゃ、絶対できない芸当だわ。脱帽の1作。