黄昏みゅうぢっく〜歌のない歌謡曲に愛をこめて〜

昭和40年代の日本大衆文化の重要構成要素、「歌のない歌謡曲」のレコードについて考察します。

追悼・小林亜星さん

謡曲の枠で語るより、日本の近代大衆音楽の父と呼ぶ方がふさわしい存在である小林亜星さんが、5月30日帰らぬ人となったことが、昨晩報道されました。

当ブログのスタート以降、海外のアーティスト二人の訃報に反応しながら、日本の歌謡界に多大なる貢献をした人物を偲ぶ必要が生じた時は、それなりに冷静に対応しようと思い続けていたのですが、まさかその最初が亜星さんになるとは思いもしませんでした。

個人的にも様々な想い出があり、特に『CMソング・アンソロジー』制作に関わった時は多大なお世話になりましたが、その周辺の話をここでするほど冷静にはなれません。奇しくも、来月のある日に更新するはずだったコンテンツについて、重大な見落としをしていたのに気づき、その書き直しを一昨日行っていたのですが、そこで語るアルバムに亜星さんの作品が2曲含まれており、そのあまり知られていない方の曲に関する思いを徒然と書いたばかりでありました。

今日は火曜日でありますが、急遽歌謡フリーを撤回し、一昨日書いた内容をそのまま繰り上げて、追悼の回に変えさせていただきます。多少礼を欠く表現も含まれてはいますが、これは普段の芸風故のものであり、根底には制作関係者全員に対する尊敬の念が流れていることを、前もってお詫びさせていただきます。

 

クラウン GW-3103~4 

ビッグ・ヒット歌謡 ベスト36 霧のめぐり逢い/愛の渚

発売: 1976年8月

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ジャケット



A1 横須賀ストーリー (山口百恵)Ⓐ 🅱

A2 なごり雪 (イルカ)Ⓑ 🅲

A3 霧のめぐり逢い (岩崎宏美)Ⓐ 🅱

A4 ふたりづれ (八代亜紀)Ⓑ

A5 恋岬 (小柳ルミ子)

A6 陽ざしの中で (布施明)Ⓑ

A7 春うらら (田山雅充)Ⓓ

A8 君は悲しみの (イルカ)Ⓑ

A9 ビューティフル・サンデー (ダニエル・ブーン)Ⓒ

B1 北酒場 (五木ひろし)Ⓐ 🅱

B2 赤いハイヒール (太田裕美)Ⓑ 🅱

B3 夏にご用心 (桜田淳子)Ⓒ 🅱

B4 恋のシーソー・ゲーム (アグネス・チャン)Ⓑ 🅱

B5 つくり花 (森進一)Ⓒ

B6 ささやかなこの人生 (風)Ⓑ

B7 愛に走って (山口百恵)Ⓓ 🅱

B8 裏切者の旅 (ダウン・タウン・ブギウギ・バンド)Ⓑ

B9 涙ぐらし (角川博)Ⓐ

C1 愛の渚 (天地真理)Ⓐ

C2 翳りゆく部屋 (荒井由実)Ⓑ 🅲

C3 ウインクでさよなら (沢田研二)Ⓒ

C4 オー・マリヤーナ (田中星児)Ⓑ

C5 淋しい天使 (内藤やす子)Ⓓ

C6 道草 (小椋佳)Ⓑ

C7 LA-LA-LA (研ナオコ)Ⓐ

C8 北の宿から (都はるみ) 🅲

C9 愛の始発 (五木ひろし)Ⓑ

D1 木綿のハンカチーフ (太田裕美)Ⓑ 🅲

D2 恋人試験 (松本ちえこ)Ⓐ

D3 東京砂漠 (内山田洋とクール・ファイブ)Ⓑ

D4 未来 (岩崎宏美)Ⓒ

D5 わかって下さい (因幡晃)Ⓑ 🅲

D6 おまえさん (木の実ナナ)Ⓓ

D7 ダスティン・ホフマンになれなかったよ (大塚博堂)Ⓑ

D8 俺たちの旅 (中村雅俊)Ⓑ 🅳

D9 女の十字路 (細川たかし)Ⓐ

 

演奏: クラウン・オーケストラ

編曲: 井上忠也Ⓐ、安形和巳Ⓑ、神山純Ⓒ、久冨ひろむⒹ

定価: 3,000円

 

最も厄介だった時期のクラウンの2枚組。一応、これの前後に出たのも手許にあるので、いつかはひっぱり出して語ることになると思うのだけど、旬を過ぎた曲を最新曲に差し替えて1ヶ月毎にリニューアル販売している割には、なごり雪「春うらら」「夏にご用心」「北の宿から」が同居する選曲が異様さしか醸し出さない。本当はその隙間にあるあまりヒットしてない曲が気になったりするのだけど、そういう曲が2作連続で収録されてたりして。カタログに生きる期間も長くないし、とにかく見たことないものを集めていくしかないのである。そして、それが許される適正価格は、大体100円というわけである(瀧汗)。

そういう商品の性格を棚に置いといて、純粋に音楽だけ聴くと、素直に楽しめる。オールスターズ時代に比べて制作スタンスが無難になった分、サウンド的に変わった試みをするとそれが極端に目立ち、アルバムの性格を決定づけるのだ。ここではなるべく同じアレンジャーの手による曲を並べないことにより、カラフルさを維持する試みがなされているが、中でも安形和巳氏が手掛けた曲が「肉声の魅力」にスポットを当てていて、本盤を象徴する位置に来ている。スキャットというより、単に言葉なきコーラスといった感じだけど、あまり感情を表に出さず、かつ清涼な響きに保たれている。それが一番成功しているのが、こともあろうに木綿のハンカチーフなのだ。解釈によっては相当シビアな感想を投げつけがちになるこの曲だけど、一切言葉を剥ぎ取った状態でこの曲に接してみると、このヴォーカル隊のがんばりがなんか、全然違った風景を見せてくれるなという気がするのだ。他のパートの演奏も多少せこかったり、コードを簡素化したりもしているけど、それさえも風情に感じさせる。76年以降のクラウンの歌無歌謡の中では、文句なしにお気に入りの一つだ。

他の曲では、「恋岬」「恋人試験」にフィーチャーされている、ケーナかオカリナかよくわからないような笛の音が気になるのだが、最近手に入れたとあるアルバムのおかげで、この音の正体はリコーダーを何らかの特殊技法で奏でたものということが判明した。相当ガチな人でないと、こういう音を出すのは難しいと思われるが、自分内で研究してみるつもり(汗)。その一方で「翳りゆく部屋」「わかって下さい」のイントロのオルガンの音があまりにもせこくて笑うしかないが、これもまた歌無歌謡の美学である。それにしても「恋岬」、「山谷ブルース」と「君の誕生日」を合わせたような雰囲気に加え、「舟唄」を先取りした要素もあるし、ルミ子のシングルで初めて売上5桁台で終わった不名誉な曲故忘れかけていたけど、なかなか鋭い曲じゃないですかと、歌無歌謡ヴァージョンに教えられるのであった。亜星さんの曲だったのですね。その一方で、亜星さんの別の曲との類似点が感じられる「愛の始発」もこのアルバムに入ってたりして、いろいろ興味深いものが見えてきます。(以上、6月13日執筆)