黄昏みゅうぢっく〜歌のない歌謡曲に愛をこめて〜

昭和40年代の日本大衆文化の重要構成要素、「歌のない歌謡曲」のレコードについて考察します。

今日は椿まみさんの誕生日なので

ローヤル RS-1111 

STEEL GUITAR OF FASCINATION 月の世界でランデブー

発売: 1970年

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ジャケット



A1 月の世界でランデブー (椿まみ)

A2 女のブルース (藤圭子) 🅵

A3 ふりむいてみても (森山加代子) 🅳

A4 薔薇はよみがえる (松浦健)

A5 今日でお別れ (菅原洋一) 🅳

A6 涙はきらい (椿まみ)

B1 京の女 (椿まみ)

B2 別れの誓い (鶴岡雅義と東京ロマンチカ)

B3 思いがけない別れ (小川知子) 🅱

B4 愛するゆえに懺悔して (ピーター) 🅱

B5 ドリフのほんとにほんとにご苦労さん (ザ・ドリフターズ) 🅲

B6 黙っているほうが (椿まみ)

 

演奏: 外山肇とモダン・サウンズ

編曲: 柳ヶ瀬太郎

定価: 1,800円

 

65年発足したローヤル・レコードの悲劇を一人で背負った歌手、椿まみ。最初の4年間、歌謡界の華やかな主軸を意識しつつ、個性的なシングルをひたすらリリースし続け、通好みのレーベルとして異色の存在感を保ち続けたローヤルに、69年夏、遂にヒット曲と呼べるものが出た。テイチクでの泣かず飛ばずをへて移籍した椿まみが、そこでの第5弾シングルとして起死回生でリリースした「月の世界でランデブー」がそれだ。アポロ11号月着陸に乗じて出たレコードはかなりの数に上ったが、そんな宇宙規模の話題を軽妙な小唄タッチであしらったこの曲は、一週のみながらオリコンチャートに顔を出し、翌年に至るまで静かに話題を呼び続けた。

ローヤル側も多少いい気になって、この曲をフィーチャーしたインスト・アルバムを世に送る運びとなった。なんと、ジャケットに椿まみ本人の姿をあしらうという、ここだからこそ許される大胆な芸当。しかも、ここぞとばかりに椿のレパートリーを4曲もフィーチャーするという推しぶり。ちなみに「黙っているほうが」は69年秋に出た次のシングルで、「京の女」「涙はきらい」は70年6月、別々に発売されている。この辺のリリース・ペースの尋常でなさも、このレーベルの不安定な事情及び、椿に抱っこしたい脆い心境を物語っているようだ。

 

さて、このアルバム、椿のレパートリー以外にも8曲、70年のシングル曲が取り上げられており、しかもあまり派手な方向を向いていない選択がローヤルの意地というか、メジャーにない色を感じさせる。ここにはクレジットはないけれど、ローヤル・マニアにはすっかりおなじみの「DPS方式」を採用した奥行きのあるステレオ録音は、まさに個性の塊。ローヤルの通常の歌謡シングルでも大活躍した柳ヶ瀬太郎氏のアレンジも冴えまくっている。特に「思いがけない別れ」が凄い。Aメロの繰り返し部分のコードを変えるのを忘れているのをデメリットと感じさせない、この音のあしらい方にゾクゾクする。他の歌無レコードに存在が気付かれることもない、筒美京平の隠れ名曲「薔薇はよみがえる」に着目したのもポイント高し。この1枚と、テイチクの山内喜美子版「太陽がくれた季節」を聴くだけで、柳ヶ瀬氏の凄さを認めないわけにいかなくなりますよ。

 

肝心の椿まみ曲、「月の世界~」のスペース小唄タッチ(アポロの交信音的なものもしっかりアレンジに取り入れている)、「涙はきらい」は同系統ながら多少ダークな方向に向い、「京の女」はおしとやかな仁侠系。そして「黙っているほうが」はグルーヴィーに揺れる小悪魔性全開ナンバーと、4曲それぞれが別のカラーを持ち、決して特定の個性に留まらない、というより売る方の迷いが露呈したなと感じさせる。そんなローヤルの気まぐれに振り回された彼女は、72年1月12日、自らこの世との絆を断ち切る選択をする。再出発を計ったローヤルにとっても、思いがけない幕切れだった。悲劇の一瞬を切り取ったこの歌無歌謡アルバムは、貴重なドキュメントでもある。

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レーベルも気合充分。



*本稿執筆において、「DISCナウ!!vsレコードやくざ」(ジャングルライフ、1998年)及び、mixiのローヤル・レコード・コミュに投稿されたシングル盤ディスコグラフィーを参考にさせていただきました。編者の方々に感謝の意を評します。