黄昏みゅうぢっく〜歌のない歌謡曲に愛をこめて〜

昭和40年代の日本大衆文化の重要構成要素、「歌のない歌謡曲」のレコードについて考察します。

今日は尾崎紀世彦さんの誕生日なので

ポリドール MR-3180

伊部晴美のゴールデン・ギター: また逢う日まで/暗い港のブルース

発売: 1971年7月

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ジャケット(裏)

A1 また逢う日まで (尾崎紀世彦) 🅲

A2 ナオミの夢 (ヘドバとダビデ) 🅲

A3 戦争を知らない子供たち (ジローズ) 🅴

A4 女のくやしさ (内山田洋とクール・ファイブ)

A5 銀座の子守唄 (にしきのあきら)

A6 クスリ・ルンバ (アントニオ・コガ)

A7 おんなの朝 (美川憲一) 🅲

A8 雨がやんだら (朝丘雪路) 🅳

B1 暗い港のブルース (ザ・キング・トーンズ)

B2 さいはて慕情 (渚ゆう子) 🅳

B3 雪が降る (アダモ) 🅱

B4 さだめのように川は流れる (杏真理子) 🅱

B5 棄てるものがあるうちはいい (北原ミレイ) 🅲

B6 ある愛の詩 (フランシス・レイ) 🅲

B7 月光仮面は誰でしょう (池田頼光・繁久)

B8 慕情 天草の女 (森進一) 🅱

演奏: 伊部晴美 (ギター)とオールスターズ

編曲: 伊部晴美

定価: 1,700円

 

あけましておめでとうございます!

特に昨年12月後半は個人的にもあまりの慌ただしさで、黄昏みゅうぢっくも予め大量に書き溜め、律儀に更新していたのですが、さすがに新年一発目はその手を使うわけにはいきません。新しい気持で臨まなきゃ、ということで。

本題に入る前に、昨年3月31日のエントリで「隠しポリシー」としたことについて、明かしても良いタイミングが来たと判断したので、明かすことにします。

実に他愛ないことですが、購入から3ヶ月以内のレコードを取り上げることはしません。それだけです。

実は12月、そのポリシーに訳あって3回ほど逆らったのですが、いずれも訳あってのことで。要するに、手に入れて間もないレコードを取り上げることは、ある意味リスクを負うことでもあり、Digする立場としてはデリケートな影響を被りかねないのです。そんなわけで、この先入手するレコードを「黄昏みゅうぢっく」で取り上げることは絶対にありません。一応、4月以降の更新については、現段階では眼中にありませんので。まぁ、それが絶対的な真実であるとは限りません、と言っておきます。

 

そんなわけで、本題に入ります。昨年のお正月も、この曲を流すことからスタートしました。名曲また逢う日までから始まる、伊部晴美御大のゴールデン・ギター・アルバム。例によって、ジャケットは陰りある印象だけどあれがばっちりのため、裏を載せますが、この写真もめちゃ風情あっていいですね。いつもの伊部サウンドに比べてカラフルな印象があるのは、原田寛治の前田憲男アレンジ作品に頻繁に登場するのと同じ響きの、女性コーラスがフィーチャーされまくっているためでしょうか。不思議なことに、ここでのドラムには寛治的なニュアンスが希薄。ただ、憲男サウンドのタッチを気に入って、アレンジャーとしての伊部さんが取り入れたという線は考えられますね。特に「女のくやしさ」ではりきりが目立ちまくり、クール・ファイブと一味違う爽やかさを与えています。最後の「わー!」が特に突き抜けている。「銀座の子守唄」でのハモリも格別。「おんなの朝」にもラブリー色が加わり、異色の出来に。なぜかエディ稲垣の「心臓破りの恋」と共通する響きもある。

通常の歌謡曲最新ヒットに加え、当時既にスタンダードの領域に入っていた「雪が降る」などのポピュラー系選曲が色を添えていますが、異色と言えるのが「クスリ・ルンバ」。歌を抜いてしまえば早い話が「コーヒー・ルンバ」そのものですが、こんなカタログソング改変が許されたのもピースフル時代の賜物でしょうか。クラウンにも歌無盤がありますが、実は未聴…2枚組の欠けている盤の方に入ってるからなのですよ(汗)。西田佐知子にリスペクトを評しての冴えたプレイがはじけまくってます。

もっと異色なのが月光仮面。当時、なぜか突然「月光仮面」ブームが再来し、モップスノベルティ・ヴァージョン(川内康範先生はめちゃ乗り気だったらしく、この話を後年の森進一が聞いたらどう思っただろうか…)が大ヒットしたのに加え、シャープ・ファイブが変名でノベルティ盤をリリースしたり、石川晶が自ら歌うマッシュアップ曲「月光仮面の妻だから」をリリース寸前まで行くも中止になったり…そしてポリドールからは、ブルーベル・シンガーズのカヴァー盤と、深夜番組でのエアプレイを目的に自主録音された学生兄弟コンビ、池田頼光・繁久による実験的インスト・ヴァージョンの2種類のシングルがリリースされました。それもあって、ここに選ばれたと思われますが、前曲ある愛の詩のスウィートなムードを打ち破るように、喧騒感たっぷりに奏でられるヴァージョンになっている。こんな妙なポジショニングに於いてさえ、決してプロ意識を緩めない御大のプレイが流石。

「さだめのように川は流れる」「棄てるものがあるうちはいい」という阿久悠のダークサイド2連発は、昨年7月18日取り上げた稲垣次郎盤と同様の現象で、制作者の波長が交錯したのだろうか。女性コーラスの響きがファンシーな要素をもたらしたのは、皮肉にも前者の方のみだった。杏真理子さんの悲痛な運命と裏腹に。そして、「また逢う日まで」はここでは明朗に、オリジナルに忠実に聴かせる。よって、「ひとりの悲しみ」の歌無盤としても聴ける(汗)。本年もこの調子で、よろしくお願いします。