黄昏みゅうぢっく〜歌のない歌謡曲に愛をこめて〜

昭和40年代の日本大衆文化の重要構成要素、「歌のない歌謡曲」のレコードについて考察します。

明日は知らない…稲垣次郎さんを偲んで

2024年度初更新となります。昨年度、宗内の母体にとってかけがえのない音楽的同志(奇しくもサックス・プレイヤーでもありました)を天に見送ったため、各方面への新年の挨拶を控えさせていただくことになりましたが、ここまでの3ヶ月間、それに匹敵する悲しい訃報が相次ぎ、前向きでいようという意欲が削がれ続けていました。

謡曲の流れからすると、最も悲しい損失は八代亜紀さんのそれでしたが、過去「黄昏みゅうぢっく」では2回も、そのレパートリーだけを集めたアルバムを取り上げていたので(それを上回る回数を取り上げたのはザ・ビートルズのみ)、わざわざ1曲だけ取り上げたアルバムを追悼のために引っ張り出すのは痴がましいと感じ、沈黙を保つことにしました。

それでも、やはり黙っていられなくなるケースは訪れるもので。今月上旬、日本のポピュラー音楽史に残る功績を残したサックス・プレイヤー、稲垣次郎氏の訃報が流れてきたときは、正にそうでした。享年90歳。

昨年までの更新で、実に70枚を数えた「サックス」カテゴリー。そのうち少なくとも9枚のアルバムに、稲垣さんのテナー・サックスやフルートがフィーチャーされていました。近年は本流であるジャズ・ファンク方面の仕事が再評価されていましたが、傍流と言える商業音楽系の仕事に於ける軽々としたフットワークも避けて語れないのです。特に歌無歌謡のレコードは雰囲気作りの素としてよく売れたため、そのご褒美として自分本来の音楽性が発揮できるレコードを作らせてもらえたという趣旨の発言が、晩年のインタビューに記録されたりもしています。勿論、セッション・ミュージシャンとして関わったレコードに、その名を見つけると意外な喜びに見舞われたりして。特に印象深いのが大瀧詠一関係のレコード、中でもシリア・ポール「夢で逢えたら」で聴ける蝶のように舞うフルートは、いつまでも心に残ります。

 

今回引っ張り出してきたビートルズのカヴァー・アルバムは、まさしく商業仕事と彼本来の持ち味の中間点にあたる作品というべきもの。実は彼の訃報を聞いた直後、用あって1998年の自分の日記を引っ張り出したのですが(正に「宗内世津のDuBiDuBiペーぢ」に熱中していた頃)、その年の8月14日にこのアルバムを買ったという記録があって、予期せぬ感涙に襲われていました。その時期、稲垣さんや他のスタジオの達人の名前を意識していた形跡があったなんて…ましてや、歌無歌謡のレコードなんて、7インチ33回転盤を2枚持ってただけだったはずです。レア・グルーヴ的に「和モノ」の一環としてこのアルバムに注目していたとも思えないし、恐らく買った理由は、収録曲の中に「トゥモロー・ネヴァー・ノウズ」が含まれていたことを、早々と認知していたからではないかと思われます。

この特異な曲は、リアルタイムの段階で早々とジャズ・インスト化された例が少なくとも二つあって、その1つが収録されたスティーヴ・マーカスの同名アルバムの再発CDを当時よく聴いていたのも、これの購入に走らせた理由かもしれません。先のインタビューでもスティーヴに言及されていて、ここでの選曲に影響を与えたのが窺い知れます。過去3回、ビートルズ・ナンバーだけを取り上げたアルバムを「歌謡フリー火曜日」で紹介していましたが、それらと同じ流れで取り上げるにはあまりにも「ガチ」すぎるため、意図的によけていた感があります。今、こうして聴いてみると、ビートルズがまだまだ現役最前線(と言っても、最後の録音アルバム『アビイ・ロード』の国内発売に僅か先駆けてのリリースではありましたが)だった時代の空気が、時に場末的な色彩を伴って伝わってくるし、その点では数多の歌無歌謡のアルバムに混ぜて聴いても違和感がないと思います。『’72ヒット曲要覧』に選曲された一連の曲で過激なアレンジの腕を奮っているベーシスト、荒川康男氏がここでもアレンジの中心になっていて、過激なアフロ・ファンク色を押し出すのは控えているものの、そこここにビートルズでは聴けなかったタッチを加味していて、ヤバいとは言えないけれどユニークさは感じられます。ポピュラー色の濃い曲ではそれこそ「営業仕事」に徹したアレンジが聴けて、特に65年以前の6曲にはそれが顕著。「オブラディ・オブラダ」はむしろザ・カーナビーツ版に準じたアレンジだし、一方「フール・オン・ザ・ヒルは敢えてセルメン方向に走っていないし。しかし、問題の「TNK」で予想通りの方向に舵を切ります。幻覚的タッチを拡大したスティーヴ・マーカス盤に敢えて寄り添わず、独自のダウナー感覚でサイケ感を再構築、いつの間にかフリー・ジャズの色に侵食されていきます。これが一般的認識上のジャズアルバムであれば、12分とか15分とか続いたはず。それを敢えて3分以内に凝縮して、この流れに組み込むことを許したのは、やはりナイアガラの育ての親、谷川氏でした。彼がデノンで手掛けたインスト仕事のアンソロジーとか、実現できないでしょうか…今コロムビアと濃厚なコネクションがあれば、是非やりたいのですが…

A面の残り2曲も予想通りサイケ色が残ったジャズ・ファンク仕立てで、70年代以降の洗練されたタッチは期待できないものの、ビートルズを通して見たプリミティヴなソウル感が伝わってきます。「バック・イン・ザ・U.S.S.R.」もそれこそパワーハウス版みたいなロウダウン・ブルースで聴きたかったものですが、さすがにそこまでは…それにしてもこの曲を今聴くと、複雑な気持ちに襲われますが。ポールの「フリーダム」さえ、もうこんな世の中じゃ平和讃歌として受け止められません。一昨年の9月11日、ライヴ・イベントでその曲を流した時には、そんな気配さえ微塵も感じなかったのですが…

 

改めて、稲垣次郎さんのご冥福をお祈りします。さて、トゥモロー・ネヴァー・ノウズとは言いますが、明日はエイプリル・フールであり、黄昏みゅうぢっく開始3周年(厳密には今日)ですので、何かが起こるとは予告しておきますね…

 

デノン CD-4003

ビートルズ・ヒット!ヒット!

発売: 1969年9月

ジャケット

A1 オブラディ・オブラダ 🅵

A2 フール・オン・ザ・ヒル 🅴

A3 抱きしめたい 🅳

A4 エスタデイ 🅶

A5 トゥモロー・ネヴァー・ノウズ

A6 レディ・マドンナ

A7 レイン

B1 ヘイ・ジュード 🅴

B2 バック・イン・ザ・U.S.S.R.

B3 シー・ラヴズ・ユー 🅳

B4 アンド・アイ・ラヴ・ハー 🅴

B5 ミッシェル 🅳

B6 ヒア・ゼア・アンド・エヴリホエア 🅱

B7 プリーズ・プリーズ・ミー

 

演奏: 稲垣次郎とリズム・マシーン

編曲: 荒川康男/稲垣次郎

定価: 1,500円