黄昏みゅうぢっく〜歌のない歌謡曲に愛をこめて〜

昭和40年代の日本大衆文化の重要構成要素、「歌のない歌謡曲」のレコードについて考察します。

1972年、今日の1位は「ひとりじゃないの」

マキシム MM-1507 

最新ヒット歌謡18 幸福泥棒

発売: 1972年

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ジャケット



A1 恋唄 (内山田洋とクールファイブ) 🅲

A2 純潔 (南沙織) 🅵

A3 嵐の夜 (にしきのあきら)

A4 若い涙はみな熱い (森田健作)

A5 幸福泥棒 (井上順)

A6 サルビアの花 (もとまろ)  🅱

A7 別れの旅 (藤圭子)

A8 瀬戸の花嫁 (小柳ルミ子) 🅵

A9 鉄橋をわたると涙がはじまる (石橋正次) 🅱

B1 ひとりじゃないの (天地真理) 🅴

B2 波止場町 (森進一) 🅱

B3 私は泣かない (雪村いづみ)

B4 陽はまた昇る (伊東ゆかり) 🅱

B5 どうにもとまらない (山本リンダ) 🅲

B6 さようならの紅いバラ (ペドロ&カプリシャス) 🅱

B7 別離 (鹿内孝)

B8 素足の世代 (青い三角定規)

B9 待っている女 (五木ひろし) 🅲

 

演奏: エマノンストリングス楽団/松浦ヤスノブ (テナー・サックス)、佐野正彦 (トランペット)、北村澄 (ギター)

編曲: ピーター・ギブス

定価: 1,500円

 

ローヤル傘下のマキシムレーベル「ゴールデン・ヒット・シリーズ」の6作目。予想以上に気合の入った音作りで、油断の隙を与えない。アレンジャー、ピーター・ギブスは、英国でライブラリーミュージックを中心に手がける作曲家に同名の人がいるが、純粋に国内制作の歌無歌謡から考えられない展開がいくつかあるところから判断して、その当人なのではないだろうか。74年を境に、ジョン・フィディやケン・ギブソンらの力を借りることになる通常歌謡界のトレンドから考えると、あまりにも進みすぎている。確かに、クレジットされた3人のメインプレイヤー以外のパートは、英国のスタジオで録られたとしてもおかしくない音だ。キレがいいし、ミックスも粒が際立っている。唯一の稼ぎ頭・椿まみの自死という暗雲を通過したばかりのローヤルに、そこまでできる心の余裕があったとはまさかではあるが。

1曲目がクール・ファイブの「恋唄」とは、その後の展開を考えると地味すぎる感があるが、あくまでも軽い挨拶代わりというニュアンス。「純潔」でソリッドなリズムセクションが自己主張し始め、「嵐の夜」で右チャンネルに入っているリズムギターが、ちょっと違うだろという表情で手招きをする。

そして、A面のヤマ「幸福泥棒」。つい最近もある件に乗じて話題になったこの曲、発売当時は60位止まりだったものの、5年後を境に色々と新たな価値観を植え付けられることになったのだが、この段階でタイトル曲に選出したローヤルのセンスは凄い。このアレンジを聴くと、その5年後に芽ばえた「新たな価値観」の素が、歌を欠くとさらに強調されるのに気付く。ストリングスのオブリガートなど、歌入りヴァージョンでは気付き辛かった「モロさ」が出ていて吃驚だし、何よりイントロが。未来よりの使者と言われてもうなずきそうだ(笑)。やはり、ピーター・ギブスの読みの鋭さの勝利というべきか。

以後も、もとまろ盤を参考にしつつ、フルートの響きがエモさを必要以上に誘き出すサルビアの花」、隠れた名曲の好解釈「私は泣かない」を筆頭に、シャープなサウンドで終始引っ張りまくる。「別れの旅」も洗練された解釈を得て、「『いちご白書』をもう一度」に潜在的に与えた影響が浮き彫りになりまくってるし。「ひとりじゃないの」「瀬戸の花嫁のような鉄板曲も、他社のヴァージョンと一味違う出来だが、アルバム全体のヤマは何と言っても「素足の世代」。これにはやられた。歯切れのいいアコギの響きに導かれ、ピースフルなリズムをトランペットが引き締める。2コーラス目からオブリガートに入るリコーダーが素敵すぎる音で、脇役以上の役割を果たしているし、間奏にはソロも。アルバム全体通してこんな笛の音が聴きたい!まさに素足で駆け抜ける青春のサウンド。ラストは藤本サウンドの問題作「待っている女」さすがにちょっと薄味の解釈だが、間奏のトランペットはちょっと誤魔化しながらも、しっかりこなしているので合格。ここまでに出たこのシリーズ、このラインであれば掘り出し甲斐あるに決まってるな。