黄昏みゅうぢっく〜歌のない歌謡曲に愛をこめて〜

昭和40年代の日本大衆文化の重要構成要素、「歌のない歌謡曲」のレコードについて考察します。

歌謡フリー火曜日その11: 日本のメロディー

クラウン GW-5234

浜辺の歌・叱られて 森ミドリ・心の故郷を訪ねて

発売: 1972年9月

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ジャケット



A1 赤とんぼ 🅱

A2 叱られて

A3 浜辺の歌 🅱

A4 椰子の実

A5 出船 (唱歌)

A6 かやの木山の

A7 雪の降る街を

B1 花 (瀧廉太郎) 🅱

B2 夏の思い出

B3 花のまち

B4 待ちぼうけ 🅱

B5 村祭

B6 ちんちん千鳥

B7 城ヶ島の雨

 

演奏・編曲・ナレーション: 森ミドリ

構成: 島本十郎

定価: 1,500円

 

今日が誕生日のトッド・ラングレンも思わず脱帽しそうなマルチ才女・森ミドリの初レコーディング作品となった本作は、日本の叙情歌14曲に挑んだアルバム。作曲家・野田暉行氏の斡旋によりレコード制作が実現したこと以下、興味深い談話が満載の自らによるライナーノーツ(もう片側には自らのイラストが掲載と、正に多才さを見せつける)付きで、当時の制作状況の大らかさが伝わってくるが、内容的には相当の冒険作である。ゆるゆるなオルガン演奏と気軽に聴き流せないのだ。

72年8月8日、声楽用の主旋律だけ記された楽譜を持ってスタジオ入り。感性のままその場でアレンジを加え演奏したものを一発録音。翌月発売という早技だ。幼い頃からピアノに親しんでいたとはいえ、電子オルガンプレイヤーとしてはまだ3年目。その段階までに育まれたセンスを思いっきり、おなじみのメロディーにぶつけている。ただ和声感覚を拡大するにとどまらず、その場でどの音を使うかまで決めねばならないから、相当の勇気がないと臨めない「スポンテニアス制作」なのだ。故に、聴く側もある程度緊張感を強いられる。それを和らげるかのように、数ヶ所に本人によるナレーションと効果音が挿入される。音で聞く「物語」に昇華されているのだ。

1年後のRCA録音では、相当カラフルな音の選択肢を提供したビクトロンも、ここではまだ初歩的な音色を出しているにとどまり、録音もダイレクト出力とスピーカーの出音を微妙にバランスを取りながら、ある程度ステレオ感を出している。所々にレバー操作らしい音が聴き取れるのが、ライヴ感を高めていて良い。「花」「夏の思い出」は特にポップ感覚が前面に出た解釈で、RCA盤に通じる魅力が感じられる。「村祭」もサンプリングネタに成り得そうな快演。それにしても、エレクトーン、ビクトロンドリマトーンと全てのレコードに手を染めたクラウンの懐の大きさったら。これでテクニトーンのレコードでも残されていたら完璧だったのに。

森ミドリのクラウン録音はもう1枚、『エーゲ海の真珠/ヨーロッパの旅』(GW-5260)があり、タイトル曲は6月1日にレビュー済みの『プリーズ・ミスター・ポストマン』に抜粋されている。RCAでのポップス路線が始まるのは、その発売のわずか2ヶ月後のこと。