黄昏みゅうぢっく〜歌のない歌謡曲に愛をこめて〜

昭和40年代の日本大衆文化の重要構成要素、「歌のない歌謡曲」のレコードについて考察します。

今日は松崎しげるさんの誕生日なので

クラウン GW-5422 

シンセサイザー ヒット歌謡ベスト16

発売: 1978年3月

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ジャケット

 

A1 勝手にしやがれ (沢田研二)Ⓐ 🅴

A2 暖流 (石川さゆり)Ⓑ 🅲

A3 ウォンテッド [指名手配] (ピンク・レディー)Ⓐ 🅴

A4 もう一度一から出なおします (小林旭)Ⓑ 🅲

A5 硝子坂 (高田みづえ)Ⓑ 🅲

A6 あずさ2号 (狩人)Ⓑ 🅱

A7 そんな女のひとりごと (増位山大志郎)Ⓑ 🅴

A8 九月の雨 (太田裕美)Ⓐ 🅱

B1 秋桜 (山口百恵)Ⓑ 🅳

B2 灯りが欲しい (五木ひろし)Ⓑ 🅲

B3 憎みきれないろくでなし (沢田研二)Ⓐ 🅱

B4 愛の終着駅 (八代亜紀)Ⓑ 🅲

B5 ワインカラーのときめき (新井満)Ⓑ 🅱

B6 東京物語 (森進一)Ⓑ

B7 愛のメモリー (松崎しげる) 🅲

B8 アン・ドゥ・トロワ (キャンディーズ)Ⓐ 🅱

 

演奏: アルファ・スペースG

編曲: 成田征英Ⓐ、石川大介

定価: 1,800円

 

シンセサイザーで幻想の世界へ…」と言われても…1978年3月といえば、前年米国公開されて大ヒットした「スター・ウォーズ」(現在の認識上だとエピソード4「新たなる希望」にあたる作品)の公開を間近に迎え、電子音を介したUFOとのコンタクトを描いた「未知との遭遇」との合わせ技で煽りまくっていた時期であり、そんな「宇宙への希望」に相応しいサウンドとして、シンセを多用した音楽がもてはやされまくっていたのだ。特に極端な形で乗ったのがドイツのブレイン・レーベルを持っていたテイチクで、あまりシンセと関係ないような先鋭的サウンドのノイ!のアルバムにまで、やたら宇宙と関連付けたレッテルを貼り付け、売り出しまくっていた。そんな宇宙志向を逆手に取ったように、テクノロジーと現実社会の関連性をあまり幻想感のない、やたらポップなサウンドに昇華させたクラフトワークの『人間解体』が発売されたのは、本盤が登場した2ヶ月後のこと。そこからYMOの「テクノポップ」が大躍進し始めるまでには、さらに半年の月日を要した。

そんなわけで、未だ滑稽な音を出す装置から脱皮したと言い辛い状況下にあったシンセを大フィーチャーと謳ったこのアルバムが纏う空気は、テイチクのジャーマン・ロックの国内盤とほぼ大差ない。しかし、針を落とした途端、期待を鮮やかに遮る音響が流れ出る。勝手にしやがれのイントロは、クラウンのレギュラー歌無歌謡盤の演奏よりもさらにせこい響きがあるが、そこに食い込むシンセの音、最早どこが「幻想の世界」やねんという感じ。B級特撮ロボットもののBGMにでも出てきそうな、ベーシックな電子音をわざとコミカルに誇張したような音色で淡々とメロディが奏でられ、バックの演奏は別にテクノとかプログレに傾かず、いつもの歌無歌謡マナー。確かに、現実味はないよな…ただ、そこがまた、ネタ的に嘲笑を誘うところで、故に「これはめっけもんだ!」と飛び上がってしまうのである。「暖流」の海鳴りを模したような効果音とか、「スター・ウォーズ」的な世界とどこが関係あるんやという展開も随所にあるし、「九月の雨」のリング・モジュレーターを面白がっているような音色とか、「ワインカラーのときめき」のノイズ成分の配合を誤ったような音色とか、悪酔いしそう。秋桜とか、普通にリリカルに聴けるなと安心してたら、無茶に変な方向に音を変えたりしてるし、無駄にフェイクを入れなくても。フルートとかでそれをやるのとは意味合いが違うんだから。2番のBメロとか、いきなり発狂したかのようにオクターブ切替し始めるし。「灯りが欲しい」のイントロなんて相当狂ってる。これ、好夫ギターと共演とかだったら怒って逃げられてると思うよ…「もう一度一から出なおします」のイントロとか、わざとクラビオリンに近づけたような音を出してたりして憎めないけど。

これらの音に、普通に生楽器が絡んでくる故、断片化解消されてないような印象が全編を覆い尽くす。「灯りが欲しい」で平然とアコーディオンが奏でられてたりするけど、その部分一瞬テープトラブルでもあったのか、右チャンネルに音の劣化が起こってたりするのだ。録音の神様がお怒りにでもなったのか(汗)。

こんな風に、「喫茶店音楽」に決してなり得ない、「特殊レコード」の域に達しさえしたとしか思えない珍盤だけど、アレンジャーの二人は「クラウン・オーケストラ」の歌無盤ではあまり見ない名前だ。しかし、この頃から多発され始めたカラオケのレコードの方で、頻繁に手腕を奮っており(若くして世を去ってしまった幻の名花・村上幸子さんをジャケットのモデルに起用したそんな1枚を、我が父はリアルタイムで買っていた!お陰で勉強になりました)、欲求不満を解消するかのようにこのレコードが作られたのではないかとさえ思える。この盤の中から「クラウン・オーケストラ」名義盤に曲が流用でもされたら、ほんと痛快だったのに。そんな自由な政治力は、当時のクラウンにはなかったんでしょうな。最後の「アン・ドゥ・トロワ」キャンディーズへのはなむけにするんならハモリくらいして欲しかったな…恐らく、使用シンセは当時の雑誌広告で「入門機」として盛んに宣伝されたSH-1じゃないかと思います。発売時期的にも一致するし、試用として本盤に使われたのかも。

しかし制作陣の皆さん、本盤の構想が固まり録音も進んだ段階でピンク・レディーの新曲が「UFO」であると知らされて、相当歯軋りしたのではなかろうか。クラウンの通常の歌無盤で聴ける同曲のイントロの飛行音がギターで発せられることを思うと、そんなことさえ妄想できてしまう…