黄昏みゅうぢっく〜歌のない歌謡曲に愛をこめて〜

昭和40年代の日本大衆文化の重要構成要素、「歌のない歌謡曲」のレコードについて考察します。

素敵な音楽をありがとう、大野良治さん

「黄昏みゅうぢっく」的には、小林亜星さんや寺内タケシさんを凌ぐかもしれない大きな損失。元アウト・キャストのベーシストにして最後まで残った唯一のメンバーで、解散後はワーナー・パイオニア(当時)でプロデューサーとして敏腕を奮った大野良治さんの訃報が伝えられました。

「我が歌無歌謡愛の核心」とまで呼んだワーナー・ビートニックス名義のレコードのほとんど全てをプロデュースしたというだけで、最重要人物の一人であり、2017年11月9日には主題こそ「アウト・キャスト時代の秘話を聞く」イベントながら、一歌無歌謡ファンとしてその会場に押しかけ、僅かながら貴重なお話をお聞かせ頂くという、実に貴重な体験をさせていただきました。それ故に、井上尭之さんや加瀬邦彦さんの死に接した時を凌ぐ衝撃は避ける訳にいかず、でも今できることはありきたりな追悼エッセイではなく、ひたすらワーナー・ビートニックス及び歌無歌謡に対する愛を自分なりに綴るのみという結論に達することになりました。

よって、しばし先の分まで書き留めていた中で唯一ワーナー関連だったエントリを前倒しにして、ささやかな供養とさせていただきます。このブログを始めた段階で謎に包まれていた部分が、徐々に明らかになり始めただけに、大野さんによりディープな談話を伺うことこそ最終目標と決めていたのですが、それも叶わなくなってしまいました。一番大事なこと、それは「素敵な音楽をありがとうございました」と言うことです。ご冥福をお祈りします。

 

ここから本題:

 

アトランティック L-6086A

華麗なるドラム・ベストヒット20 十五夜の君・ひとりっ子甘えっ子

発売: 1973年8月

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ジャケット



A1 アダムとイブ (ゴールデン・ハーフ)

A2 十五夜の君 (小柳ルミ子) 🅵

A3 胸いっぱいの悲しみ (沢田研二) 🅵

A4 ひとりっ子甘えっ子 (浅田美代子) 🅳

A5 ふたり (つなき&みどり)

A6 草原の輝き (アグネス・チャン) 🅵

A7 ふるさと (五木ひろし) 🅳

A8 ふたりの朝 (フォーリーブス) 🅰→4/1 

A9 わたしの彼は左きき (麻丘めぐみ) 🅰→4/1 

A10 かがやける愛の日に (尾崎紀世彦)

B1 恋する夏の日 (天地真理) 🅳

B2 悪い奴 (和田アキ子) 🅰→4/1  

B3 てんとう虫のサンバ (チェリッシュ) 🅰→4/1 

B4 裸のビーナス (郷ひろみ) 🅴

B5 情熱の嵐 (西城秀樹) 🅰→4/1 

B6 恋にゆれて (小柳ルミ子) 🅳

B7 危険なふたり (沢田研二) 🅵

B8 燃えつきそう (山本リンダ) 🅲

B9 傷つく世代 (南沙織) 🅵

B10 夕顔の雨 (森昌子) 🅳

 

演奏: 市原明彦(ドラムス)/ワーナー・ビートニックス

編曲: 原田良一

制作: 大野良治/ミキサー: 島雄一

定価: 1,800円

 

無敵の勢いを誇ったワーナー・ビートニックスも、73年秋にいきなり曲がり角を迎えることになる。その頃暴発した「石油ショック」の煽りを受け、塩化ヴィニールの原材料を確保するのが困難になり、レコード産業は大打撃を食らった。そんな時期に於いても、歌謡界は安定してヒットを生み出し続けたが、採算が取りづらい分野はパワー・ダウンを余儀なくされ始めるのである。若いレコード会社だったワーナーに於いて、歌無歌謡がお荷物だったとはとても考えられないが、海外の親会社との連携を重視した場合、どうしても切り捨ては避けられなかったということだろうか(90年代には小林幸子香西かおりも含め「演歌歌手全員左遷」を言い渡してしまったのは記憶に新しい)。このレコードが出た翌月を最後に「華麗なる~」シリーズは終焉を遂げてしまうことになる。

ところが、である。「黄昏みゅうぢっく」を始めて間も無く、今まで滅多に姿を表すことがなかった末期ワーナー・ビートニックスのレコードが立て続けに我が懐に迷い込み始め、それらを聴くことにより驚愕の新事実が明るみになり始めるのだ。それこそ、4月1日の段階では「まさか」としか思えなかったことが。

そこで書いた通り、トリオ盤『魅力のマーチ・小さな恋の物語 歌謡ヒット・ベスト40』に収録された「女のみち」は、既にワーナーから発売されている歌無ヴァージョンの一つと全く同じテイクだったのだが、同様のケースが今日紹介するアルバムの中に、さらに5曲も確認されたのである(🅰マークの付いたもの)。更なる調査の末、トリオ盤のタイトル曲の2曲を除く殆ど全ての曲が、既にワーナーで発表されたテイクと同じだったことが判明した。即ち、同じ原盤を使用してトリオがリリースしたというわけで、恐らくその後もトリオを拠点として「華麗なる~」の延長線上にある歌無歌謡シリーズを継続するのではという可能性を匂わせるも、そうなるに至らなかった。この辺の事情も迷宮入りしてしまったんだろうな。テープメーカーであるアポロンや渡辺音楽出版との関係も含めて、これは追求の余地がありそうだ(ちなみにアポロンもこの後、独自に歌無歌謡をテープでリリースし続けたが、なかなか中古市場に出てこない)。原田良一アレンジ仕事としては、クラウンの「水谷公生&トライブ」名義のアルバムこそが正当な後継者と判断していいのではないか。

というわけで1枚もののドラムメイン盤としては9作目にして最後のアルバムがこれ。のっけから威勢よく始まるのは、ゴールデン・ハーフによりリメイクされ蘇ったポール・アンカ「アダムとイヴ」。歌謡曲での使用例も増えてきたフランジャーを鮮やかに使っての先鋭的サウンド十五夜の君」ではドラムも控え気味にエレガントに迫り、「ひとりっ子甘えっ子」は軽やかに駆け抜けてみせる。「ふたり」は冒頭からエーメンブレイク的なものが炸裂し、ノリノリのサウンド「ふるさと」はなんでそうなるの?みたいなイントロが面白い。この曲はミノルフォン盤の圧勝と思っていたが、後から次々に面白ヴァージョンが発覚して油断できません。そして、さらに過激なエーメンブレイクに走る「ふたりの朝」に既聴感を感じるに至るわけで。どちらかというと、ここからトリオ盤に選ばれたのは派手さを比較的抑えた曲ばかりで、そちらではスパイシーなアクセントとしての機能を果たした、という感じがする。「草原の輝き」「恋する夏の日」「危険なふたり」にしたって、トリオ盤はより無難なテイクを選んだわけで。当然、「ひとりっ子甘えっ子」も…無難と呼んでいいかはわからないが…

この辺の妙な因果関係にさらに追い討ちをかけるアルバムを、然るべき機会が来次第紹介していきますので、覚悟のほどを。現在これらの音源の権利がどこにあるかというのが、最大の気がかり点でありますが…

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どうもありがとうございました(母体より)。