黄昏みゅうぢっく〜歌のない歌謡曲に愛をこめて〜

昭和40年代の日本大衆文化の重要構成要素、「歌のない歌謡曲」のレコードについて考察します。

今日は五月みどりさんの誕生日なので

ポリドール SLJM-1404 

クラビオリン 歌の旅路

発売: 1968年3月

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ジャケット

 

A1 函館の女 (北島三郎)

A2 霧の摩周湖 (布施明) 🅱

A3 函館ブルース (小野由紀子)

A4 榛名湖の少女 (布施明)

A5 東京ブルース (西田佐知子) 🅱

A6 新宿ブルース (扇ひろ子) 🅲

A7 熱海で逢ってね (五月みどり)

B1 京都の夜 (愛田健二)

B2 先斗町小唄 (小松みどり・マヒナスターズ)

B3 岐阜の夜 (朝丘雪路)

B4 琵琶湖の少女 (愛田健二)

B5 たそがれの御堂筋 (坂本スミ子)

B6 尾道の女 (北島三郎)

B7 別府ブルース (西田佐知子)

 

演奏: 小島策朗 (クラビオリン)/ポリドール・オーケストラ

編曲: 竹内一朗

定価: 1,450円

 

昨日に続いて異色楽器が活躍するアルバムの登場。今回の主役は、古き良き演歌になくてはならない電子鍵盤楽器クラビオリン。草臥れた温泉街の雰囲気を体現するその音は、60年代にしては相当先鋭的なテクノロジーの賜物だった。40年代にフランスで開発され、欧州のメーカーによる改良で一躍、音楽制作現場ではポピュラーな存在に。62年のトーネイドーズの大ヒット「テルスター」で主旋律を奏で、その音色が知られるようになったが、それ以上に強烈な印象を残したのは、67年発表されたザ・ビートルズ「ベイビー・ユアー・ア・リッチ・マン」だろう。最新鋭のおもちゃを弄ぶようなジョン・レノンのプレイは、この楽器名の印象を強烈に音楽ファンに刻みこんだはず。単音しか発声できないものの、後年のシンセの複雑な発音回路ではかえって得られづらいシンプルな鄙び加減が、なぜか日本の演歌界にぴったり着地し、いろいろなレコードで聴かれるようになった。そして、その音を全面的にフィーチャーした歌無歌謡盤も、何枚か作られたのである。

そんな1枚で、曲名を見て解る通り、所謂ご当地ソングのみを取り上げ、歌無歌謡で日本全国を巡ろうというナイスな企画。まずジャケットが素晴らしい。この単線SLが駆け抜ける光景、最早見られないけど、霧島あたりだろうか…旅はみんな大好き「函館の女」からスタート。哀愁たっぷりに歌い上げるその音こそ、まさにクラビオリンの真髄。霧の摩周湖はこの選曲の中ではポップス度が高い方だが、こちらではトーンを鋭く変えて、モダン感覚で迫っている。「新宿ブルース」はやさぐれ感を高めるような独自のアレンジで、右のチャンネルに入っているオルガンも特異な音色だ。「熱海で逢ってね」からの3曲では、琴と軽妙にデュエットしている。西に旅が進むにつれて、アーバンな色が濃くなり、旅路は別府で、淡白な音の独白と共におしまい。マルチトラック録音がそれほど発達してない時期にしては、個々の音がバランスよく録られており、そんな中を豊かなボリュームコントロール技術を駆使してすり抜けてゆくクラビオリンの音色がリードしていく。手許にある盤の状態がもうちょっと良かったら、なんだけどね問題は。

このアルバムの存在が影響を与えたかどうかは限りなく不透明だけれど、6年後には同じように日本全国のご当地ソングを、よりヤバい最新鋭鍵盤楽器=メロトロンの調べで綴るという怪盤、メロトロンズ『演歌の旅』(SJV-703)が制作されており(奇しくもトップが「函館の女」)、こちらはある意味黄昏みゅうぢっくの「極北」である。手を伸ばしたいのに伸ばせない、そんな世界だ…今ではもっとグローバルな選曲企画ができそうな気もする…「さらばシベリア鉄道」とかまで入れて。

 

最後に…クラビオリン奏者(後にメロトロンなど、各種電子鍵盤楽器への挑戦も果敢に行なっていた)としては日本随一の存在、小島策朗さんのご冥福をお祈り申し上げます…黄昏みゅうぢっく開始の2ヶ月後、6月18日に息を引き取られたそうです。一般には大きく報じられませんでしたが、日本音楽の歩みを考えると大きな損失でした。