黄昏みゅうぢっく〜歌のない歌謡曲に愛をこめて〜

昭和40年代の日本大衆文化の重要構成要素、「歌のない歌謡曲」のレコードについて考察します。

今日は奥村チヨさんの誕生日なので

デノン CD-4001

ヒット! ヒット! ヒット! 愛して愛して/港町シャンソン

発売: 1969年9月

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ジャケット

A1 愛して愛して (伊東ゆかり) 🅶

A2 白いサンゴ礁 (ズー・ニー・ヴー) 🅵

A3 天使のスキャット (由紀さおり) 🅱

A4 何故に二人はここに (Kとブルンネン) 🅲

A5 フランシーヌの場合 (新谷のり子) 🅳

A6 山羊にひかれて (カルメン・マキ) 🅲

A7 オー・チン・チン (ハニー・ナイツ)

B1 港町シャンソン (ザ・キャラクターズ) 🅴

B2 恋の奴隷 (奥村チヨ) 🅳

B3 おんな (森進一) 🅳

B4 恋の花うらない (ビリー・バンバン) 🅳

B5 夜の柳ヶ瀬 (カサノヴァ7) 🅲

B6 さすらい人の子守唄 (はしだのりひことシューベルツ) 🅶

B7 或る日突然 (トワ・エ・モワ) 🅻

 

演奏: 木村好夫とザ・ビィアーズ、堀口博雄 (ヴァイオリン)/トミー・モート・ストリングス・オーケストラ

編曲: 小谷充

定価: 1,500円

 

CBSソニー発足で新時代への対応能力強化を迫られたコロムビア傘下に、68年秋発足したデノン・レコード。その初期にはシングル市場にまで、実験的と言っていいほど大胆なインストのレコードを送り込み、歌無歌謡市場に対する揺さぶりも期待されたが(?)、新たに始動した1500円の4000番台第1号となったこのアルバムでは、値段を下げたからといって決して容赦しない、大胆なサウンドが終始展開される。

木村好夫先生を支える謎のバンドというイメージが強かったザ・ビィアーズ(盤によって細かく表記が違うが、まぁ気まぐれだったのでしょう)だが、本盤には珍しくフルメンバーの記載があり、吉葉恒雄(ベース)、チコ菊地(ドラムス)、松崎竜生(ヴァイブ)、阿部章二(リズム・ギター)、瀬上養之助(パーカッション)の5人から構成されている。この中では、70年代にビクターからドラムのアルバムを連発したチコが、最も名が知られている存在と言えそうだが、他の4人も幅広くスタジオプレイヤーとして活躍しており、吉葉氏以外は歌無リーダー・アルバムも各自残している。他のビィアーズ名義のレコードでは、フルートが印象的に響いていたりするのだけど、メンバーの入れ替えも激しかったりするのだろうか。加えて、盛り上げるストリングス・セクションのリーダーを務めるのは、エマノン・ストリングスでお馴染みの堀口博雄氏で、随所に印象的なソロを挟み込んでいる。

しかし、何が凄いって、小谷充氏の圧倒的なオーケストレーション。通常歌謡仕事の合間にそこまでやるか、という程大胆なサウンドメイクが、1曲目「愛して愛して」から全開。一つの場所に留まることを知らないストリングスの響きは、最早歌謡曲の「飾り」を超えている。その大胆さに、好夫ギターの方がかえって萎縮しているような感じ。「白いサンゴ礁も重量感あふれるストリングスがボトムを支えて、時としてティーンスピリットのような香りを誘発するのだ(ぇっ)。A面の残りはフォーク色の濃い展開で進むが、「何故に二人はここに」「山羊にひかれて」は寧ろ山倉サウンドっぽい印象で、恐らくリヴァーブのせいだろうか。ラストには必殺の問題作「オー・チン・チン」だ。自社自レーベル曲故、さりげなくプッシュしたと思われるが、歌詞を一切省いて危ないニュアンスを回避しながら、某楽器を執拗にフィーチャーして曲の主題を明確にしているのがさすが、ユーモアのセンスを感じさせる。3コーラス目の変拍子導入は狂気さえ感じさせ、さすがにここまでは山倉たかしもやるまい(爆)。ラストなんてベースに主旋律やらせてるし、ストリングスの響きもマイク・コンデロの「Soggy Cereal」を彷彿とさせる。

自レーベル曲で容赦無く実験と言えば、続く「港町シャンソンはもっと凄く、最初に聴いた時は絶句しました…普通に歯切れのいいポップな演奏だと思って聴いていたら、間奏の3小節目でいきなり転調。そのまま行くのかと思いきや、2小節後にまたまた転調。そしてヴァイオリンソロが始まるのだ…そして3コーラス目で元のキーに戻る。最早「いじめ」か?しかし、ここまでの鮮やかさは決して現在のJ-popから期待できるものではなく、したたかな計算の結果としか言いようがない。「恋の奴隷」もクラシカルなタッチを取り入れて、相当冒険的だ。と思えば、「おんな」は徹底的にムーディーに。この曲の好夫ヴァージョンはこれで当ブログ3つ目の登場となるが、整ったバッキングのおかげで最もわかりやすいヴァージョンになってるのではないか。大胆な解釈を期待してしまう「夜の柳ヶ瀬」は意外にも南国ムードに包まれている。ラストは大胆にも自ら考案したイントロを解体し尽くし、別世界へと誘ってしまう「或る日突然」だ。

ここまで偏執狂的にストリングス・アレンジの粋を追求してしまった小谷氏が、5年後に「メロトロンズ」を手がけることになるのもまさに、大いなるパラドックス。ジャケットは両性に優しく、内容(A7除く)の甘美さを強調しているようだが、裏の方はもろでないか…歌無盤に胸毛は要りませんよ…