黄昏みゅうぢっく〜歌のない歌謡曲に愛をこめて〜

昭和40年代の日本大衆文化の重要構成要素、「歌のない歌謡曲」のレコードについて考察します。

今日はルネ・シマールの誕生日なので

クラウン GW-5306

追憶/ギター・ヒット歌謡ベスト16 

発売: 1974年8月

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ジャケット

A1 追憶 (沢田研二) 🅳→1/29

A2 ミドリ色の屋根 (ルネ) 🅰→1/29

A3 夏の感情 (南沙織) 🅱

A4 結婚するって本当ですか (ダ・カーポ) 🅳→12/22

A5 愛ふたたび (野口五郎) 🅲

A6 シンシア (吉田拓郎かまやつひろし) 🅰→12/22

A7 ポケットいっぱいの秘密 (アグネス・チャン) 🅳

A8 夫婦鏡 (殿さまキングス) 🅶→1/29

B1 恋のアメリカン・フットボール (フィンガー5) 🅳

B2 ひと夏の経験 (山口百恵) 🅴

B3 うすなさけ (中条きよし) 🅴

B4 渚のささやき (チェリッシュ) 🅰→1/29

B5 私は泣いています (りりィ) 🅵

B6 浜昼顔 (五木ひろし) 🅱→1/29

B7 君は特別 (郷ひろみ) 🅳

B8 精霊流し (グレープ) 🅵→12/22

 

演奏: 水谷公生&トライブ

編曲: 原田良一

定価: 1,800円

 

ラスト1ヶ月突入目前になって、遂に全貌を現す噂の水谷公生&トライブ」!そもそも同ユニットとの出会いは、この翌月発表されたコンピもの『秋日和/ちっぽけな感傷』(GW-5309)だった。過去のエントリで同曲が登場する度、散々話題にした「夫婦鏡」に衝撃を受け、Twitterで興奮のツイートをしたら、そこに反応した若き乙女が一人。「歌無歌謡はイケるぞ」と確信した一瞬になった。7月15日に同アルバムを熱く語る準備をしていたら、図らずも村木賢吉さんの訃報が伝えられ、このネタは順延することに。そうこうしている間に、そのアルバムにも5曲(クレジット上は4曲だが、「追憶」がまぶち・ゆうじろう名義とミスクレジットされている)を送り込んだこの盤が手に入ってしまい、また別の2枚組2つとほぼ全曲被りが判明したため、同エントリは泣く泣く没ることに。西郷輝彦さんの訃報に冷静に応えられなかったのを悔やむ今、それは愚策だったと認めずにいられないけど(村木さんごめんなさい)、タイミングの問題だもんしょうがない。そんなこんなで、あの後さらにこの貴重な盤は我が棚に1枚追加されました(意図的なダブり買いではありません)。若き乙女の卒業祝いには、もっとましな(状態が)ものを用意しなきゃ…

というわけで本題。アウト・キャスト~アダムスを経て、70年代初期にはニューロック系ギターの旗手としてブイブイ言わせていた水谷氏を、初めて前面に立てての歌無歌謡アルバム。といっても、元バンドメイトの穂口雄右氏や田中清司氏が関わる盤などで、明らかにそれと解る過激なギターを聴かせていたし、こんな仕事もちょちょいだったと思われるけど、わずかに残った水谷氏のアイドル性(!)にもクラウンは目をつけたのか、従来のギター・ムード盤と一味違うコンセプトのアルバム作りにはぴったりの人材だったのだろう。裏ジャケの本人写真(もう1名は誰なのか…)からも、クラウンの売りどころを伺うことができる。アレンジャーには、活動を締結したワーナー・ビートニックスの重要ブレーン、原田良一氏を起用。ビートニックスの直接の末梢とでも言えるサウンドに仕上げている。

オープニングの「追憶」から感動的な演奏だ。沢田研二/タイガース~加瀬邦彦ワイルドワンズと遡った先にいた、ナベプロロック世代の初期スチューデント精神を生かし、後輩達の仕事を熱いギターで優しく抱擁する。華麗にそびえ立つメロトロンストリングス、ちょっぴりモダンな色を加えるシンセと、華々しくロックするサウンドで、これはもっと長く聴いていたかった。カナダ出身の神童ルネの初ヒット「ミドリ色の屋根」も、改めて名曲だと感じさせてくれる好演好アレンジ。メロウな音色使いでも決して緩くならない、ギター職人の真髄だ。3曲がクラウン・オーケストラ名義に格下げされ(?)、『ビッグ・ヒット・フォーク・ベスト32』に収録されたが、いずれもそこで異彩を放つのが必然の鮮やかな演奏で、特に精霊流しがいい。滔々と流れるメロトロンストリングスを背に、2回目のAメロからチョーキングを多用し、屈折した感触を醸し出すギターが、この曲の神秘性を見事に描き出している。

他にも、いきなりのギターのうねりで曲の本質をえぐり出す「愛ふたたび」、僚友穂口氏の名曲にひねりを加えて複雑なエールを送る「ポケットいっぱいの秘密」、ぶっといシンセベースにのけぞる「君は特別」など、聴きもの揃いだが、なんといっても「夫婦鏡」だ。このど演歌を、実にセクシーなニューロックに転換させた恐るべき手腕。過度に破壊的傾向に陥ることなく、いい塩梅にサンタナ感(?)を出した名演。この境地に到達した歌無演歌は他にない。他の人達と組み合わされたアルバムで聴くと、その衝撃度がさらに際立つけど。

トライブ名義ではもう1枚、先輩のいとう敏郎をゲストプレイヤーに迎えた(同名義では最末期の録音と思われる)『追伸・北航路』(GW-5312)が残されており、この後はセッション・プレイヤーとしてのみならず、作編曲家としての栄光の歩みが待ち受けているのである。