黄昏みゅうぢっく〜歌のない歌謡曲に愛をこめて〜

昭和40年代の日本大衆文化の重要構成要素、「歌のない歌謡曲」のレコードについて考察します。

岸部一徳さんの誕生日は1月9日

コロムビア JPS-5159 

チターの魅力

発売: 1968年10月

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ジャケット

A1 恋のときめき (小川知子) 🅶

A2 天使の誘惑 (黛ジュン) 🅳

A3 花の首飾り (ザ・タイガース) 🅳

A4 虹の中のレモン (ヴィレッジ・シンガーズ)

A5 くちづけが怖い (久美かおり)

A6 悲しくてやりきれない (ザ・フォーク・クルセダーズ) 🅳

B1 星を見ないで (伊東ゆかり) 🅵

B2 愛の園 (布施明) 🅵

B3 銀河のロマンス (ザ・タイガース) 🅱

B4 恋のしずく (伊東ゆかり) 🅶

B5 ゆうべの秘密 (小川知子) 🅷

B6 愛を探して (ザ・カーナビーツ)

 

演奏: 河野保人 (チター)/コロムビア・オーケストラ

編曲: 甲斐靖文

定価: 1,800円

 

歌無歌謡宇宙の広大さは、時として予期せぬ楽器の魅力をクローズアップすることもある。映画「第三の男」のテーマ曲での使用で、あまりにも有名になったオーストリアの楽器・チター(ツィター)。その歴史や他の民族楽器との関連性は、ライナーで詳細に述べられており、歌謡の通俗性とアカデミックな視点が交錯するユニークな瞬間を見せてくれる。しかし、何ゆえに歌謡に着地したのだろう…それこそが昭和43年の特異さなのだ。いかなるものをも受け入れる懐の深さが、あの年の流行音楽には確かにあった。

ヴァイオリン奏者からキャリアをスタートさせ、欧州でチターの魅力に取り憑かれてマスターするや否や、単独リサイタルを成功させてレコード・デビューというのが、奏者・河野氏の経歴。一方、「ギターの秘密」で鋭い編曲センスを見せつけたアレンジャーの甲斐氏は、それこそ弦楽器ならなんでもこいという人で、大正琴の演奏アルバムも残している。なので、まさにうってつけの人選と言える。コロムビアJPS品番で出された歌無アルバムを取り上げるのは意外にも初めてで、シングル市場ではP品番に当たる、ポピュラー盤に特化した番号帯故、録音の方もSSS方式というこだわりにこだわった手法を、カッティングに至るまで行っている。ALS品番の音と並列に捉えてもらっちゃ困る、というわけだ。

1曲目に最も歌謡色が濃い「恋のときめき」を持ってきたのは鋭い計算力の賜物という感じだが、その哀愁溢れる音を際立たせるメロディーだ。一聴してギターともマンドリンともつかない音色に聴こえるが、無数に張られている共鳴弦を生かしてのハーモニックな響きに特徴があり、異国情緒と色彩感を曲に与えている。「天使の誘惑」も本来の南国感から、思わず北欧にひとっ飛びしてしまいそうなエレガント感に転換。鍵ハモの響きもアコーディオンに近づけ、ストリングスがエコーを伴い宙を舞う。「花の首飾り」もまさにクラシカル・エレガンスそのもの。この3曲は、山倉マジック効きまくりの『恋のバロック・ロック/花の首飾り』と共通する選曲で、聴き比べるのも楽しい。「くちづけが怖い」は自社推しにして個性発揮しまくりの選曲だが、やはり懐のでかさ故と言ったところか。タイガース・ファンにはめちゃバッシングされた久美かおりさんですけど、このヴァージョンで沈静ってことにならなかったのか。一方で「悲しくてやりきれない」は通俗側に傾きすぎていて惜しいアレンジだ。「星を見ないで」は『歌のない歌謡曲』で聴ける山倉ヴァージョンとまた趣きが違い、女性スキャットを起用して別の形での宇宙感を見せてくれる。テンポが遅い分、予期せぬ「こんなにこんなに愛してる」色も見え隠れ。「銀河のロマンス」は逆にそれを取り去り、山のてっぺんのようなイメージに仕上げている。ど歌謡の2曲を経て、最もGS色が濃い「愛を探して」に哀愁のかぎりを託し終着駅へ。

こういう冒険的歌無レコードが、72年を過ぎると殆ど作られなくなったのが悲しいけど、その分通常のオーケストラ・サウンドで思う存分実験できるパレットが広がったからいいじゃないか。やはり、変わった楽器の音が時折聞こえてくると、倒錯的快感に襲われてしまいます。通俗的カラーの中ではね。