黄昏みゅうぢっく〜歌のない歌謡曲に愛をこめて〜

昭和40年代の日本大衆文化の重要構成要素、「歌のない歌謡曲」のレコードについて考察します。

緊急追悼・仲本工事さん

クラウン GW-5144

ドリフのほんとにほんとにごくろうさん ベース・ベース・ベース

発売: 1970年5月

ジャケット

A1 ドリフのほんとにほんとにご苦労さん (ザ・ドリフターズ) 🅳

A2 四つのお願い (ちあきなおみ)Ⓐ 🅷

A3 許してくれ (オックス)Ⓐ

A4 くやしいけれど幸せよ (奥村チヨ)Ⓑ 🅷

A5 老人と子供のポルカ (左卜全とひまわりキディーズ)Ⓐ 🅲

A6 それはキッスで始まった (ジャッキー吉川とブルー・コメッツ)Ⓑ

A7 愛のかもめ (ベイ・ビーツ)Ⓐ

B1 あなたならどうする (いしだあゆみ)Ⓑ 🅷

B2 若者は旅をつづける (フォーリーブス)Ⓐ

B3 燃える手 (弘田三枝子)Ⓑ 🅵

B4 愛の美学 (ピーター)Ⓑ 🅷

B5 思いがけない別れ (小川知子)Ⓐ 🅷

B6 白い蝶のサンバ (森山加代子)Ⓑ 🅹

B7 笑って許して (和田アキ子)Ⓐ 🅲

 

演奏: 寺川正興とニュービート

編曲: 小杉仁三Ⓐ、山木幸三郎Ⓑ

定価: 1,500円

 

7月に最後の更新をした後、4月以降増えたネタを総決算するため、ハロウィンにサプライズ浮上して「アンコール月間」を大々的に打ち上げる準備を黙々としていたところに、思いがけぬ訃報。

コロナ時代の悲しい到来を告げた志村けんさんの時もそうだったけど、ドリフのメンバーが亡くなるのって、無常感以外の何ももたらさない。この77年間の日本に辛うじて灯されていた希望の光が一つ消えたのだ。なので、あまり多くのことは語りたくないのだけど。奇しくも、アンコール月間のために用意していた盤の中の1枚のタイトルが、その無常感をポジティヴに言い表してくれていたので、それを引っ張り出して、予定より11日早く「アンコール月間」の予告とさせていただきます。

 

「目標427枚」の中で取り上げた盤の中に、結局現れずじまいとなった「ベース」カテゴリ。ワーナー・ビートニックスの「ヒット・バラエティー」盤の中に、武部秀明氏をフィーチャーしたアルバムからのセレクションが何曲か含まれていたけれど、歌無歌謡界にトータルで10枚前後しかない「ベース前面打ち出しアルバム」はその性格故いずれも手が届きやすいものではない。70年前後の歌謡曲全般を支えた寺川正興氏や江藤勲氏のベースを聴くだけで、心と腰が疼きまくる人はいくらでもいるし、それが「和モノ」の重要課題の一つとされているのも事実。それでも、奇跡は巡ってくるもので、オークションサイトでは常に激戦となるこのアルバムが、あっさり3桁価格で買えてしまった。今年の4月のある日のこと。安かっただけあって、雨の中で聴いているような音のコンディションではあるけれど、買えてよかった。

 

ありたしんたろうの「ドラム・ドラム・ドラム」シリーズで味をしめたクラウンが、これもいけるだろうと挑んだ「ベース・ベース・ベース」。得意の変名商法ではなく堂々と、寺川氏の名前を前面に出してのアピールを仕掛けた。少なくとも3枚のリリースが確認されており、これが最初のもの。ニュービート名義ではあるが、ドラマーは当時のありたしんたろうの中の人ではなさそうである。何しろ、当時のレコーディング現場では休むことなく暴れまくっていただけあり、このレコーディングもちょちょいだったのだろう。

タイトル曲は原田寛治の派手なヴァージョンが印象に残りすぎているので、ちょいおとなしめに一瞬感じるけれど、その根底に例の暴れ回りベースがどっと構えている。ミッドを上げ気味のピック弾きで、腰にグイグイ来る感じは希薄だけど、フィーチャリングの形としてはそれがベストなのかも。この曲を始め、山木幸三郎(蛇足ですが、彼がアレンジを手掛けた友井久美子の名盤『Kumiko Tomoi』が12月初CD化される!これは事件です!)アレンジが常軌を逸した展開で、このアルバムの音楽的斬新さを象徴しているが、中でも凄いのがそれはキッスで始まっただ。オリジナルを解体し尽くし5拍子に再構築。和音でのメロディー弾きも飛び出し、淡々としたドラムとの絡みに驚愕していたら突如ファズペダルが踏まれ、一気にスターレスに!これはプログレとしか言えない。一聴してメロウと思わせといて、いきなり地面を蹴散らしまくる「くやしいけれど幸せよ」や、3拍子のフルートジャズに変貌した「あなたならどうする」も凄い。「白い蝶のサンバ」では、グルーヴを提供するという立場を逸脱し、他の楽器にリズムを任せつつ全てのメロディー要素を持っていくという、ベーシストの皆様にこういうやり方もありますよと有効なヒントを与えてみせる。

小杉仁三アレンジの曲は、よりスタンダードな歌無歌謡モードではあるけれど、いずれも爆走ベースにメロディー弾きと油断を許さず、選曲も鋭い。B面曲が英国のみで公式CD化されていることでも知られる「愛のかもめ」の選曲など泣ける。ここまでヤバいベースが入ると、「思いがけない別れ」もまるで別曲のような印象だ。

 

帯と内ジャケとレーベルにそれぞれ1ヶ所ずつ誤植があるけど(タイトル曲他の公式盤との表記違いは含めないとして)、それも「笑って許して」ということで。笑って許されないのがこの高齢化社会を取り巻く現状だ。長さんがベース抱えて待っている天界で、工事さんには安らかに微笑み続けてほしい。