黄昏みゅうぢっく〜歌のない歌謡曲に愛をこめて〜

昭和40年代の日本大衆文化の重要構成要素、「歌のない歌謡曲」のレコードについて考察します。

再び、今日は伊東ゆかりさんの誕生日なので

キング SKK-603

河を野菊が レオン・ポップス・ゴールデン・ヒッツ

発売: 1970年4月

ジャケット

A1 河を野菊が (高田恭子)

A2 逢わずに愛して (内山田洋とクール・ファイブ) 🅺

A3 ときめき (布施明)

A4 土曜日はいちばん (ピンキーとキラーズ)

A5 恋人 (森山良子) 🅾

A6 私が死んだら (弘田三枝子) 🅻

A7 別れのサンバ (長谷川きよし) 🅵

B1 裸足の恋 (伊東ゆかり)

B2 愛の丘の上 (ピンキーとキラーズ)

B3 国際線待合室 (青江三奈) 🅸

B4 生まれかわれるものならば (じゅん&ネネ) 🅱

B5 あなたと生きる (小川知子) 🅵

B6 愛の美学 (ピーター) 🅸

B7 新宿の女 (藤圭子) 🅳

 

演奏: レオン・ポップス

編曲: 石川皓也

定価: 1,500円

 

ほんの10数年前、フィジカル・フォーマットでの音楽市場が深刻な危機感に包まれた頃には、「オタク(アイドル、アニメ)とおじさん(演歌、プログレ…汗)だけ相手に商売してればいいんだ」みたいな態度で音楽愛好者の顰蹙を買いまくっていたキングレコードが、今や音楽業界の「台風の目」に転じてるなんて…自社の持つ豊富なカタログを、尋常ではないペースで音楽配信市場に投入し、あらゆる世代のファンを感動させているのだ。宗内も、「日本の鉄道実録シリーズ」でこの傾向が始まった時、思わず歓喜の叫びをあげてしまったし、シャトレ「いちばん好きなあなたへ」とかドド「愛」なんかが、普通に聴けてしまう世の中になったのだから。この動きが、他社を刺激せずにどうしろというのだ。カタログ天国こそ、より豊かな音楽創造を導く有効な手段ではないのか。

こんな一連のキングの動きを通して、改めて注目を集めている一人が高田恭子だ。もちろん、その活動の母体に控えているものの性格上、よく思わない人が一部にいるのも解りきったことだけど、「みんな夢の中」だけで終わった人だと思ったら大違い。隠れた名曲は多々ある。ここでタイトルに抜擢された「河を野菊が」は、全然ヒットしなかったけれど、筒美京平ファンの間では神格化された1曲だし、強力な自社推しによりインスト化されていた事実も見過ごしちゃいけない。

そんなキングの自社推し曲がこのアルバムのほぼ半数を占めているのだけど、驚くべきことにその殆ど全て、他社に取り上げられた形跡がないに等しいのだ。僅かに「生まれかわれるものならば」がクラウンに1ヴァージョンあるのが、過去「黄昏」で取り上げた唯一の例。それぞれのアーティストの知名度からして、他社の注目を逃れたというのがおかしすぎる。いくらこの頃のチャートが藤圭子の独占状態だったとは言え(逆にここでの藤圭子の選曲が「新宿の女」に遡っているのも面白い)。そんなかわいそうなキングの安定状態を示す、いつもながらのレオン・ポップスの演奏。特にサウンド的に高揚状態を促す要素はないのだけど、流れているだけで穏やかな雰囲気を醸し出す。この時期の作品集にしては泥臭さが希薄なところは、確かに貴重。このアルバムの中では下世話なグルーヴ感が最も現出していると言える「愛の丘の上」、ピンキラの曲の中では記憶に残るとは言えないものだけど、彼らのカタログも早く解禁してくださいよ…もちろん、レオン・ポップスもよろしくです…

タイトル、2年前のをコピペしたままになってたのでそのままにしました…(汗)