黄昏みゅうぢっく〜歌のない歌謡曲に愛をこめて〜

昭和40年代の日本大衆文化の重要構成要素、「歌のない歌謡曲」のレコードについて考察します。

A面の曲の並びにちょっとツッコミ入れたくなりませんか

ポリドール SMR-1002

黄金のドラム/ベスト・ポップス・ヒット・パレード

発売: 1968年11月

ジャケット

A1 シー・シー・シー (ザ・タイガース) 🅱

A2 花のヤング・タウン (ザ・ワイルド・ワンズ) 🅲

A3 エメラルドの伝説 (ザ・テンプターズ) 🅳

A4 天使の誘惑 (黛ジュン) 🅵

A5 草原の輝き (ジャッキー吉川とブルー・コメッツ) 🅱

A6 真珠の涙 (ザ・スパイダース)

A7 小さなスナック (パープル・シャドウズ) 🅷

B1 すてきなバレリ (ザ・モンキーズ) 🅱

B2 ジャンピン・ジャック・フラッシュ (ザ・ローリング・ストーンズ) 🅲

B3 キサナドゥーの伝説 (デイヴ・ディー・グループ)

B4 D.W.ウォッシュバーン (ザ・モンキーズ) 🅱

B5 ワーズ (ビー・ジーズ)

B6 レディ・マドンナ (ザ・ビートルズ) 🅱

B7 ドック・オブ・ザ・ベイ (オーティス・レディング) 🅱

 

演奏: 原田寛治 (ドラムス)とオールスターズ

編曲: 伊部晴美

定価: 1,500円

 

記録によると、ジミー竹内の『ドラム・ドラム・ドラム』シリーズが始まったのは1965年のことで、これはサンディ・ネルソンの発売権が東芝に回ってくるより1年早かった。よって、ダイレクトに影響を受けたという説は必ずしも正しいとは言えない。そのシリーズが本格的に軌道に乗ったのは、3年後の68年、所謂「和製ポップス」のレパートリーを組み入れ始めてからのことで、それが想像を越えたヒットになって、御本家のサンディまでもがそのトレンドに駆り出される結果に結びつく。そして、東芝以外のメーカーもドラム・トレンドを追い始めるということになる。

グラモフォンの原田寛治「黄金のドラム」シリーズ第1作は、そんな68年の暮にリリースされ、70年代末期まで続く長寿シリーズの出発点になった。ここで聴かれるサウンドは、やはりGSトレンドに則り、若々しいビートの屋台骨となるにとどまっていて、70年代から始まる「ドラム以外耳に入らなくなる」傾向には流石に及んでいない。と言えども、日本にサイケ~ニューロックを紹介する最前線にいたグラモフォンだけに、一筋縄では終わっていない。ジミヘン、ザ・フー、クリーム、パープル、ヴァニラ・ファッジ、アイアン・バタフライ、マザーズ…等々、グラモが引き受けていた先鋭的洋楽アーティストのダイレクトな影響が反映されているとは言い難いけれど、サウンドの随所から最前線の意地が伝わってくる。もちろん、時間をかけて緻密なサウンドを練り上げる余裕はなかったと思われるが、現代音楽的なサウンド構築を劇伴でもたびたび実践していた伊部晴美のアレンジは、決して手を抜いてはいないし、グルーヴィな空間を見事に構築している。

A面はGSを中心とした「和製ポップス」で構成されている。「シー・シー・シー」の急造にまつわる話は、作者の加瀬邦彦氏が直接語るところに居合わせたし、彼の著書が出た後で公の話として知られる事になったので繰り返さないが、その現場でも原田氏はドラムを叩いたのだろうか気になる。そこまで慌てふためく現場では、ピー一人の力だと対応が追いつかなかったかもしれないし、実情は最早森本太郎氏のみぞ知るかも。ともあれ、そんなタイガースの制作現場の熱気をそのまま引き継いだようなプレイが展開されている。「花のヤング・タウン」は、流石に東芝のドラム録音技術の凄さに追いついていないのが惜しいが、疾走感はオリジナル以上。「エメラルドの伝説」はまさかのラウンジ風味で、一方「天使の誘惑」はハワイアン色を強調しつつ、よりグルーヴィな境地に持って行っている。「草原の輝き」は2コーラスでなぜかスカ的な跳ね方をするのが面白く、これは天然にそうなったのだろうか。

B面はGSのレパートリーとしても頻繁に取り上げられた洋楽ヒット曲を取り上げており、A面の疾走感そのままに進んでいくのだが、やはり萎縮している感じが否めない。流石に歌無歌謡的場末感にストーンズの曲を放り込むと違和感しかないし、「ワーズ」は別の曲にしか聴こえなくなる(爆)。ともあれ、実験性以上にグルーヴ作りを重視しているところが、68年の熱気を忠実に伝えてくれる好盤。ジャケットのタム1つというのもいかにも、基本が一番大事というのの象徴に見える。